第36話 それでも女神は不穏を告げる
北の街にて、王都で大変お世話になっていたクラウス元導師と再会を果たした。私は彼からあるお願いをされる。それは……
「君に、魔界の扉の結界を張って欲しい」
本来、聖女暗殺事件が無ければ、その日に古くなった結界を張り直す儀式が予定されていた。聖女不在の今、それは延期になっている。それを聞いてフローティアはクラウス様に尋ねた。
「魔界の扉に結界を張る為の杭は、事前にメルが魔力と祈りを込めて準備していました。それを新たな聖女が刺して祈れば発動するのでは?」
そう、 彼女の言う通りだ。《《聖女の力を持つ人物が杭を刺せば》》……
だけど、クラウス様とルイスの表情が曇る。きっと、それが答えなのだろう。私は静かに尋ねた。
「まだ聖女が見つからないか……聖女の力を使えない人物が、任命されるんですね?」
クラウス様は暗い顔で答えた。
「ああ、そうだ。シアンの独断により、聖女の力を使えない少女が就任する事が決まった。来月早々にでも国民に向けて発表されるだろう。新聖女が執り行う魔界の扉の封印の儀も、形式的なものになる」
私達はため息を吐いた。
(シアン大臣、聖女の力全否定か。さすが反聖女派。他の結界もどうするんだろう?)
フローはクラウス様に食い下がっている。
「秘密裏に神託して、勝手に探せばいいのでは?」
(勝手に裏で聖女を立てる!? そんな突拍子もない事をクラウス様がするはず……)
「勿論、私もそう考えて女神の神託を願ったが、答えてはくれなかった」
「やったんですか!? 答えてくれなかった!? それ、女神様怒ってるんじゃ……」
「ああ、そうかもしれないな……」
「もう、魔界の扉なんて開けっ放しにしたらどうです?」
「フロー、それはさすがにダメだよ。大昔に扉が開いて魔王が現われた時の伝説知らない訳無いでしょ?」
私は部屋に飾ってあったタペストリーを見た。これは大昔に魔王が現われた時の事を現したもので、角が生えた黒く大きな影が、巨大な扉からのそりと出てくる場面が描かれていた。
ドラゴンの姿をしたアーリィよりも大きい。こんな大きなものが現われたら大混乱だ。私に窘められたフローは頬を膨らませて私に意見する。
「うう……。しかし、都合がよすぎるかと! メルの存在がバレて狙われないかが心配なんです」
結界を張り直さないと、近いうちに魔界の扉は開き、世界は大パニック。
結界が張り直されたことが判明したら、聖女の力が使える何者かの存在が噂になる……
道は決まっている。フローだって口では反対しているが、頭では理解している。それは悩んで私をここに連れて来たルイスも同じ……。
姿勢を正し、真っ直ぐクラウス様を見つめて返事をした。
「クラウス様。魔界の扉の結界の件、お受けします。新聖女様が行う封印の儀式が終ってみんな撤収したら、私がこっそり発動させればいいんですよね? そうすれば誰にも見られないですし」
「メルティアーナ、ありがとう。そうだ、儀式の日以後かけて貰いたい。日程はルイス君に伝える」
「クラウス様、お願いがあります」
「なんだい?」
「封印杭の予備を頂きたいのです。どうにか手に入りませんか?」
こういった儀式には必ず予備の道具が準備される。私は今回、2本の杭に魔力を込めて準備した。使わなかった場合は王宮魔術師団に渡り資料として保存される。
「そうだな……儀式後には可能かもしれないが、でもどうして?」
「いえ、念のためです。昔、封印杭の予備で助かった覚えがあるのでお守り代わりに。それに、今回の儀式で使わる杭が、私が力を込めたものを使われるとも限りません」
「分かった。ならば事前に手配しよう。メルティアーナ、君の協力に感謝する」
「いえ良いんです、お役にたてるなら。強い魔法はまだ厳しそうなので」
私は「なははは」と力なく笑い、右腕をさする。
「君の今後を女神様に神託で聞いてみるかい?」
「そうですね。何か解決のヒントを頂けるかもしれませんし」
私達は談笑の後、帰る前に再び寺院の祭壇前に行き女神様からの神託を受ける事にした。
実はこの神託誰でも気軽に受ける事が出来るのだ。的中率は司祭によって変るので、クラウス様の受ける神託は的中率が高い。
クラウス様は祈りを捧げた後、祭壇前に有るテーブルの上に幾つかの石を落した。その石に描かれ文字や石の位置などを読み取って行く。さて私の腕は完治するのであろうか……
しかし、クラウス様の顔が曇る。
「え?……クラウス様?? 女神様は何と言われてますか?」
「『桃色の髪の乙女は、扉より現れし魔王に……喰われる』と」
私とルイスとフローはドン引きで言葉を失い、アーリィとムーナはキョトンとしていた。
(女神様、とんでもないことをおっしゃる……絶対、封印を成功させないとダメな奴じゃん)
ただこの予言、後に当たる事になる。




