第2話 聖女の秘密の夜遊び
「フロー。魔法をかけるよ?」
みんな寝静まった深夜、聖女の塔にある自室。私とフローティアは入れ替わる準備をする。この事は、二人だけの秘密。
「ええ、よろしくお願いします。眉毛と睫毛も忘れないでくださいよ?」
前回はうっかり眉毛の色を変えそびれて『変身する気有るんですか? 意外に目立つんですよ!?』とフローに怒られた。
(はいはい。今回は忘れません♪)
私は、呼吸を整えて精神を集中させる。
聖女の白いネグリジェを着て、長い髪を下ろしたフローティアに手を翳した。
「風の精と戯れて揺れしもの。我が望む色に変れ」
空気がざわめき、翳した掌の前に光の魔法陣が現れる。そこからフワッと風が吹いた。
その風がフローティアの髪をふわりと靡かせて通り過ぎてゆくと、彼女の髪色が薄桃色に変る。
(うん! 完璧ですっ!! ちゃんと眉毛と睫毛も染まってます!)
フローはドレッサーの鏡で魔法のかかり具合を確認している。彼女が瞬きする度に涼しげな目元に星が舞った。
私もその間に、自身に同じ魔法をかけて、髪色を水色へと変えた。そして、後ろで高く結って整える。
白いブラウスと濃紺のスカートの上に、闇に溶けそうな黒いローブを羽織った。ノートや本が入った革のカバンを斜め掛けにして準備は……
「……待ってください。メル、『ほくろ』描きますよ? あと、魔除けの首飾りとバングルも外してください」
(おっと! 重要なパーツを忘れていた)
フローは私に近づくと、ドレッサーの上に置かれた細い筆を取り、ちょんと私の左目尻に泣きぼくろを描いた。そして、普段私が身に付けている首飾りとバングルを彼女に渡す。
これで私は、偽フローティアになった! よりクオリティーを上げるならば、冷ややかな表情と丁寧ではっきりした物言いをすれば完璧だ。
対する本物のフローティアも、コンシーラーで自身のほくろを塗り隠す。そして、先程の首飾りとバングルを身に付けた。偽メルティアーナの完成だ!
しかし彼女は、鏡を見て隠したほくろを気にしていた。
「フローどうしたの? ホクロ、しっかり隠れてるよ?」
「ええ……寝ている間に、擦れて落ちたら嫌だなと思いまして」
(ああ! なるほどね!!)
私は両手を組んで、目を瞑り祈った。聖女の力を少しばかり使う。
「フローのお化粧が、落ちにくくなります様に」
私を中心に空気が仄かに光った。同時にフローの目元もフワッと光る。
聖女の力の1つである『祈り』を使ったのだ。 それは祈った対象に力を付与する能力。
ポーションに『効力よ上がれ』と祈り、それを飲めば傷の治りが格段に上がり、剣に『攻撃力よ上がれ』と祈れば岩をも砕く剣になる。
「まぁ~た聖女の力を無駄遣いして……でも、ありがとうございます」
彼女は、優しく微笑みながら礼を述べた。彼女の纏う凛とした空気も相まって、本物より聖女らしい。……私だって『黙っていれば、聖女らしい』ってよく言われますけどね。
「じゃあ、約束通り、お菓子とお茶を頼みましたよ?」
「うん、任せて! フローも誰か来ても無視して大丈夫だから。私、一度眠ったら起きないし」
私は自身で言いながら情けなくなって「ハハハ……」と笑った。フローも呆れたように、ため息を吐いている。
「それは私が嫌という程、知っています。くれぐれも気を付けて」
真剣な顔で、フローは私を見送る。彼女も心配性だなぁ……私はこの国の聖女に選ばれただけあって、そこら辺の魔法使いより強いのに。
でも、不安げな彼女に笑顔で答えた。
「うん、任せて! この前ドラゴンを追い払った聖女だよ? フロー、いつも気にかけてくれてありがとう! じゃぁ行ってきます」
私は壁に立てかけてあった、身の丈程の杖を手に取ると、窓から飛び降りた。飛行魔法を発動して、杖に座り新月の星空を流星の様に飛んでいく。
窓辺で心配そうにこちらを見るフローに向かって、大きく手を振った。
これが、生きているフローとの最後の会話だった。今思えば、彼女が何に対して心配していたのか、もう少し知っておくべきだった。
あんなモノが王宮内で蠢いているなんて……。




