第28話 乙女のお茶会
あれから果樹園の林檎たちは狂い咲き、結実。恐ろしいスピードで成長していた。
ムーナは楽しそうに果物の収穫を手伝い、フローティアは収穫された果物を見てうっとりとする。私とルイスは果樹たちの頑張りをハラハラとしながら見守っていた。
(――短期間で木箱一箱分、収穫できてしまった!)
「まぁ! こんなにたくさん。おいしそうです。メル! はやく私に供えてください」
味も、フローに催促されるくらい甘く芳醇だ。しかし、数日後には果樹たちも落ち着きを見せ、冬に向けて葉を落している。
◆ ◇ ◆
「「いってらっしゃ~い」」
私達は王都へ向かうルイスを見送った後、朝食を食べながら話す。
「相変わらずルイスは忙しいですね。――メル、今日は何をするんです?」
「うん、今日は収穫したリンゴでジャムを作ろうと思って」
「……ジャム」
「そう、ジャムだよ」
「ジャムが有れば紅茶にも入れられますし! パンと一緒に味わうのもいいですね! 素敵です!!」
大の甘党・フローティアは目を輝かせて喜んだ。
体の無い幽霊(仮)な彼女も、供えられた食べ物の味を、感じ取ることが出来る。不思議な話だ。
「何時ごろ作るんです? いやこの後すぐ!!」
「わ、分かったよ。朝食の片づけが終ったら作ろう?」
それを聞いてフローは、気づくか気付かないかの小さなガッツポーズをした。
◆ ◇ ◆
「じゃあ始めようか?」
私は林檎を洗い、水分を切る。皮を剥いて、適当な大きさに切り分けた。
果物と砂糖を鍋に入れて火にかける。焦げ付かないように、混ぜながら煮詰める。
「あら? メル、ずいぶん手慣れていますね?」
「ジャムは、昔おばあちゃんと作ったからね。一回覚えると簡単なんだ」
私の隣でワクワクしながら鍋を見つめるフローに問いかけた。
ずっと気になっていた件の一つでもある。
「フローは城に居た時、ルイスとよく話していたの?」
その質問を受けて、フローはいつもの顔に戻る。
「同じ職場ですし、話しはしますよ。どうしてです?」
「いやっ!……フローとルイスは仲がいいって聞いたからさ……」
私はパチパチと瞬きしながら、フローから目を逸らす。私の態度を不審に思ったフローは、ぐいっと近づき疑いの眼差しを向ける。
「はぎれ悪いですね? 私とメルの仲です。隠し事は無しにしてもらいたいですね?」
これは「正直に言え」と言う事だ。私は観念して正直に聞く。
「うぅ……! フ、フローはルイスの事好きなの??」
聞いてしまった……グツグツとジャムが煮える音だけが響く。
「え? 好きというのは?」
「恋愛対象として?」
思わずこちらも疑問形になる。涼やかな瞳に真っ直ぐに見つめられて、私には緊張が走る。だが、彼女はあきれ顔でため息を吐いた。
「彼は私と似た者同士なだけです。城でよく話していたのは、メルに関する情報の共有の為ですよ」
「違うの? 情報の共有って?」
私の更なる疑問に、フローは目を細めながら答えた。
「メルは好奇心で自由に動き回る聖女ですからね。警備のためにも、彼と情報を共有してました」
「じゃぁ、私達が前から入れ替わっていた事は?」
フローは目をカッと見開き答える。迫力が……
「それは私とメルの秘密ですから言っていません。とにかく、彼に恋心など有りませんから」
「逆にルイスがフローを好きだったって事は無……」
「それも無いですね」
フローは食い気味にぴしゃりと答えた。早い。
「だって彼は……何です? メル、まさかルイスが……!?」
「ち、ちがうよ!」
「そうですか……まぁ、ルイスの事も気にせず。ここでの暮らしを楽しみましょう。せっかく手に入った時間です」
「そ、そうだね」
出来上がったジャムと、紅茶をフローに供えて私も休憩を取る。
「うん! 美味しいですね!! あんなにジャムのストックが有るなんて、幸せです!!」
「良かった。保存食が出来て。ルイスが近々小麦を買って来てくれるって言いてたから、あとでパンを焼こう」
ちなみに収穫した果実を使って酵母を作っていた。フローはそれを聞いて満面の笑みで頷く。彼女がここまで顔をほころばせるのは久々だ。笑うとまた違う可愛さがある。そんな彼女がしみじみとつぶやいた。
「私、メルと穏やかな時間を過ごせて幸せです」
「私の所為で死んじゃったんだよ? それなのに??」
「体は土に還ってしまいましたが……大切な人を護れて、こうやって友達を続けられています。まったく、何の因果でしょうね。今までしたくても出来なかったこと、沢山しましょうね?」
「うん、そうだね」
城に居た時にはできなかった事を。ささやかな幸せを積み重ねて、ゆっくり大切に過ごして行きたい。
そう思っていたけど、私達は決められた運命に導かれていたのであった。




