第27話 聖女の果樹園
「う~ん! 涼しくなってきたね~」
私は、気持ちの良い秋の空気をいっぱい吸って、伸びをした。
洗濯物も気持ちよさそうにはためいている。
「メッ゛」
「コクヨウも気持ち良いそうです」
「わらわ、ちょっとさむ~い」
ちなみに、ルイスは朝早く王都に向かい、騎士団の仕事をしている。私達と一緒に屋敷の片づけをしながら、副団長の仕事など……彼には頭が上がらない。倒れないか心配だ。
ここに来て約2週間。屋敷の中は何とか片づいて来たけど……庭や畑はまだまだ荒れていた。
「メ゛ッ!」
「そうだよね? 畑はコクヨウが今綺麗に草を食べてくれているものね?」
畑以外はまだまだ荒れている。冬が到来する前に整備を進めようという事で……
「メル、今日は敷地の整備とは言ってましたが……どこを弄るのですか?」
「うん、ルイスから借りた開拓日誌の中に『果樹園を作った』って記述があったんだ。ルイスに聞いたら『確かそんなのもあった』って言ってたし」
気だるさを、冷静な仮面で隠していたフローの空気が変わった。
「果樹と言う事は!! ……甘いのですか?」
「甘いよ。放置されてたから果実はなってないかもしれないけど……って」
フローは目を輝かせていた。彼女は甘味と田舎暮らし・開拓に関する事象には思いっきり感情が溢れてしまう。
「素敵です、整備しましょう。一刻も早く!!」
私達は、フローに急かされながら果樹園に向けて歩き出す。敷地の西の端に柵で仕切られたスペースがあった。雑草が生い茂る中に果樹らしきものが数本植えられている。
「ここだね」
「わ~! 草がぼうぼうなの~」
半野生下で過ごした果樹は、葉に艶が無く元気がない。上手く育てていれば、大きな果物を収穫できていたのであろうが……不揃いな果実を、遠慮がちにちょこんと結実させていた。
「リンゴだ」
「まぁ……ちいさい……」
「メェ~……」
現実を見たフローの声が、トーンダウンしている。
本来ならば、収穫のシーズンだ。剪定の時期も今ではない。肥料も無いから追肥もできない。除草が今日できる最大限。
「今年はダメだったけど、来年の為に今から出来る事をしないとね。コクヨウ、今日はこの敷地内の雑草をよろしくね」
「メ゛エ゛ッ゛」
コクヨウは雑草を黙々と食べ始め、私も木に巻きついた雑草を取り除いた。フローは図鑑や開拓資料を読んで林檎の育て方を確認している。
「あれ? ムーナは??」
「ムゥは虫を追いかけて行ってしまいました。まぁ、大丈夫でしょう」
今回は力仕事が多いから、小さなムーナにはお願い出来る事がない。庭で遊んでるなら、大丈夫かな?
二時間ぐらい作業をして果樹園はすっきりした。腰が痛い。
「素晴らしいです。綺麗になりました」
「メ゛ッ゛」
「疲れたよぅ。でも達成感がすごいよぅ。……来年は大きな実を結実するといいなぁ」
私は心の底からそう思った。そして、ふと好奇心が湧いてしまう。泉にな願ったら水量が増えたけど、この果樹に祈ったらどうなるのだろう?
私は果樹の前で、聖女の祈りを捧げた。
(果樹たちが、健やかに育ちますように)
それぞれの木に祈りを捧げ終えた後だろうか……明るい声が聞こえてきた。
「メル~! フロー~ただいまぁ~」
ムーナが戻ってきた! 振り向くと彼女の頭上の空間には、グニャグニャと大きな水の塊が浮いている。まさか、この水は……嫌な予感がする。
「水をあげるの~」
そう言って彼女は果樹園に雨を降らせるかの如く水を撒いたのだ。もちろん私もコクヨウも、その場を離れることなく果樹たちと一緒に水を浴びた。
「「…………」」
水の影響を受けないフローが冷静にムゥーナを労う。
「ムゥご苦労様。どこの水を持ってきたのです?」
「泉の水を持ってきた~! おいしい~」
きゃっきゃと楽しそうに話す二人を見つめる、一人と一匹。私は二人に向かって挙手した。
「はい……ずぶ濡れになっちゃったから……着替えて来てもいい?」
「メエェェェ……」
私の隣でコクヨウも、意見がありそうな声で啼いていた。しかし彼は、次の瞬間水を払うために体を思いっきり震わせた。もちろん、その水滴を私は浴びる。
(ちべたい)
「あらまぁ。どちらにしてもひと段落つきましたし、今日の作業は終わりにしましょう」
◆ ◇ ◆
「――と言う事が昨日あったんだよ」
翌日、ルイスと敷地を見回りながら、作業の進捗を報告した。私達の近くでムーナはぴょこぴょこと走りまわっている。ちなみにコクヨウとフローは畑で戯れている。
「ここの果樹園は趣味で作られたモノだから、僕も小さい時に一度食べたきりだ。期待しない方がいいぞ?」
「えっ! それをフローが聞いたら、がっかりしちゃう!」
果樹園の近くに来ると、何かに気付いたムーナが嬉しそうに駆け出した。果樹園へ一直線に走って行く。
「果樹園にムーナが喜びそうな物でもあったのか?」
「無かったと思うけど……なんだろう? 」
不思議な顔をしながら果樹園に入ると……その顔は驚きに変った。
まず、果樹園の雰囲気というか空気が違った。爽やかで甘い香りも漂ってくる。そして木々の葉にも艶が戻り、昨日より一回り大きいような……
「僕の記憶だと……この果樹園、残念な感じだったのだが……」
「うん、昨日もそうだったよ……」
「何か肥料でもやったのか?」
「ううん。私が祈りを捧げて、ムーナが泉の水を果樹にあげただけだよ」
「まさか、聖女が祈った水と祈りで、樹木が元気になったのか?……」
(ははは……効果でちゃった?……)
まさか、生き物にも祈りの効果が付与されるなんて。今まで物に対して祈ることが多かった。なので、こんな効果が有るとは思ってもみなかった!
「この反動で枯れたりしないよね? 私、怖くなってきた……」
「それは……僕も分からないからな……」
「メル~! りんごがなってるの~!! フローにあげるの~」
ムーナは、木に実っている大きな赤い果実を指差した。
(ええッ! 結実してるの??)
この事態に引き気味の私とルイスは互いに顔を見合わせる。
「聖女の力って……良く分からないな……」
「うん。ほんと……飽きないよ」
こうして、小さな果樹園は運用が始まった。




