第26話 限界聖女
どごーん!!
地面に岩がめり込む音が轟いた。音と振動に驚いて近くに居た魔物と鳥が空へと逃げていく。
魔法の練習中に何者かから攻撃されたから、魔法を使って反撃したけど……魔力のコントロールが上手くいかなかった。
想定よりも派手な魔法を展開して、思わず血の気が引いた。魔力も結構消費しているので呼吸も荒くなる。
(ま、まさか、下敷きになっていないよね??)
慌てて人影が居た方へと駆け寄るが……幸い誰も岩の下敷きになっていないようだ。音を聞きつけたフローティアが、屋敷の壁をすり抜けて飛んで来た。
「メル! 何事ですか?」
「フロー!? 誰かが攻撃してきて……でも、いなくなっちゃった」
私の話を聞いたフローは、彼女にしては珍しく怯えた表情で辺りを見渡す。彼女も私達以外誰もいない事を確認すると、安心したのか一息ついて話し出した。
「……メル。今日の練習はやめておきましょう。あら? 顔色が悪いですよ、それに腕がまだ悪化してるじゃないですか?」
「顔色? 腕? ……えぇ??」
私は自身の右腕に視線を落した。すると右腕には鱗の様に小さく赤い結晶が出来ていた。慌てて光を灯す魔法を使い確かめた。掌の上にポワンと蛍のような、小さい光の球が浮かぶ。出そうとした大きさの2割にも満たなかった。
「嘘ぉ~……もう、やだ~。……休む」
やっと使えたと思ったのに、逆戻りだ。本当に頭がクラクラする。私は恨めしそうに先ほどの岩を見た。この岩、片付けられるかな?
そんな中、フローは魔界ヤギのコクヨウの元へ近づき彼に指示をする。
「コクヨウ、屋敷の周りの見回りをお願いします。不審者がいたら思いっきり体当たりしていいですよ」
「メ゛ェ゛ッ゛!」
了解したとコクヨウは掠れた声で力強く鳴いた。この二人、すっかり仲良しである。
私は屋敷の中に戻り、この後の事を考えながら歩いた。
(練習が中止になったのだから、仕事をしよう。何かして気を紛らわさないと、やってられない! 客間ももう少しきれいに掃除したかったんだよな……そこを片づけるk……??)
――ばたーん!
急に視界が暗くなり、倒れてしまった。
「メル! 大丈夫ですか!? メルしっかりしてください!!」
フローの叫び声が遠く聞こえる。そこで私の意識は途切れた。
◆ ◇ ◆
(おでこ、冷たくて気持ちいい。確か、倒れちゃって……どうしたんだっけ?)
そんなことを考えながら、ゆっくり瞼を開けた。心配そうにこちらを覗き込むフローとルイスが居た。
部屋のベッドに寝かされていて、右腕には柔らかい毛並みと体温を感じる。ムーナも一緒に眠っていた。
部屋の中は薄暗く、サイドテーブルに置かれた魔法のランプが柔らかく灯っている。
「フロー……ルイス……あれ? 私……」
「倒れたんだ。ゆっくり休んでくれ」
ルイスが安心したように声を掛けてくれた。フローも安堵の表情を見せたが、すぐに不満そうな顔をした。また、心配かけちゃった。
「フロー……驚かせごめんね?」
「本当です! なんでいつも無茶ばかりするのです? どれだけ心配したと思ってるんですか!?」
彼女の機嫌は悪いなと感じていたが……想定以上に悪かった。珍しく激昂したので、思わず目を丸くする。
「フロー、落ち着け。はぁ……メル、机の上の本は昨日渡したものだよな? もう読み終えたのか?」
この屋敷に有った本だった。三冊ほど借りて昨晩読んでいた。
「うん……興味深い本だったよ、作りたい料理も増えたし、この森の事も知った……それに、それに……」
「メル、追い込み過ぎだ」
ルイスも静かに窘めた。思わず「え?」と小さく疑問が漏れる。
「メルは何に焦っている? 魔法が使えない事か? それともベルメールの事?」
「……両方かな。早く魔法を使えるようになって、フローの仇を……」
それを聞いて、フローが怒った。
「メルのバカ! 仇……って、私はここに居るんですよ。―――!」
彼女は叫ぶと部屋から出て行ってしまった。去りゆく彼女の目に光る物が見えた。泣いてる?
……混乱している私に、ルイスはゆっくりと語りだした。
「僕が帰ってくると、倒れた君の傍でフローは酷く取り乱していたんだ 」
あの“凍れる花”と言われるほど、冷静沈着なフローが取り乱す事なんて見たことも聞いたことも無かった。
「彼女は泣きそうな顔で僕に頼み込んだ『メルに触れない、どうしよう、おねがい、メルを助けてと……』」
その光景を想像してハッとした。ルイスは言葉を続ける。
「フローに懇願されるのは初めてだな。それに、ベルメールはこの領地から離れたようだ。昨日、違う土地で目撃証言が有った。奴は騎士団と各地の寺院と連携しながら追っている。メルの気持ちも分からなくはない。でも、今はここの生活に専念してほしい」
「だって……魔法が使えない私なんて、ただの役立たずだから。魔法も満足に使えないし……ここでの生活だって……」
「メルは役立たずじゃないよ。頑張る事も大切だが、メルの存在はフローや僕にとってとても大切なんだ。だから、自分自身をもっと大切にしてほしい。もちろん、僕も今の君を信頼しているし、ここに来てからの働きにも感謝してる」
ルイスからの言葉で思わず涙がこぼれた。
今まで聖女という役割を求められ、自分なりに努力をしてきた。でも、今回の件で築いたものは崩れ、得意だった魔法を失い、そんな私は無価値だと考えていた。努力しないと見捨てられる。それがとても怖くて……恐ろしかった。
「こんな私だけどいいの? 」
「――当たり前だろ? 僕達はメルが好きなんだ。聖女としても、聖女じゃない時間も僕達は君を見てきた。魔法が使えなくなったぐらいで嫌いにならない。それはフローも一緒だ」
その言葉で張りつめていた糸が切れた。
「ルイス……ありがとう……フロー……うあぁん」
堰を切ったように涙があふれる。彼の言葉が嬉しかった。そして、同時に私は彼らの事を見ていなかったのが、とても悔しかった。
ひとしきり泣いて落ち着いた、らルイスが静かに話し出した。
「フローは、何故この世界に留まっているか分かっていない。ゴーストならいつ消えてしまうか分らない。だから、彼女の望みをかなえる事も、彼女の供養になるんじゃないか?」
いつ消えてしまうか分らない……
その言葉にハッとする。彼の言う通りだ。それなのに私は彼女の願いを聞く振りをして、自分の願望しか考えていなかった。
「ルイス、ありがとう。私、フローの事を見てなかったね。ちゃんと謝る」
「ああ、そうだな。菓子を土産で買ってきたから、明日二人で食べて仲直りするといい。大丈夫そうだな。じゃあ僕は戻るから……」
「ルイスありがとう……私、今までルイスの事、誤解してた。とても優しいね。また明日から頑張るから!」
「ああ、ほどほどに。じゃあお休み」
彼は優しく微笑むと部屋から出て行った。不本意にもその優しい笑顔にドキッとしてしまった。イケメン騎士という事をすっかり忘れていた。
部屋が静かになると、布団の中からもぞもぞとムーナが顔を出した。
「メル~だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ。ムーナも心配かけてごめんね?」
「妾もメルが好き、だからずっと仲良し」
「うん! 私もムーナが大好きだよ!」
ムーナの体を優しく抱きしめた。もう、彼女達に悲しい思いはさせない。
◆ ◇ ◆
翌日、フローに謝った。
すっかりいつもの調子に戻ったフローは、一瞬眉をしかめて頬をふくらましてから言い放つ。
「次、変な所で無茶したら絶交ですからね」
「うん、わかった。もう無茶はしないし、夜更かしも控える! 自分の健康も大切にする!!」
「わかったなら。今日のおやつはその手に持っているお菓子です。忘れずに準備してくださいね」
「うん!」
彼女がいつまでこの世に居られるか分らない。それにルイスだっていつ王都に戻るかもわからない。それにムーナやコクヨウも元居た場所へ帰るといったら……私にすぐできる事は、彼女達との時間を大切にすること。
そう誓いながら、私は朝食の準備を始めた。




