第21話 ミルクティー色の魔物は戯れる
暗い森の中、私は魔物に追われている。戦うために魔法を使おうとするけど、右腕が石のように重くて動かない。
魔法が強みだった私が、こんなに弱くなるなんて……魔物の触手が私の右腕を掴み、ぬるりとした感触に思わず背筋がゾクゾクとした。
「ひっ! いやーー!!!」
――と、ここで目が覚める。
昨日の私は、疲労で気絶するように眠りに就いたのだ。夢も見ないくらい、深く眠れるなと思いきや……しっかり悪夢を見ていた。
「はっ!!!」
夢で良かった……私は問題の右腕を見ようと、腕を上げようとした時だった。右腕が重くてあったかい。
左手で右腕を触ろうとしたら……“もふっ”とした柔らかい毛並みを感じる。ギョッとしてブランケットを捲るとそこには……
「むぅ?」
あのミルクティー色の魔物がいた。右腕に纏わりつき、腕をぺろぺろと舐めている。
「ひあぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁ!!!」
おもわず叫んでしまった。な、なんで君がこんな所に??
魔物は私の叫びにも動じず腕を嘗めていた。だから、あんな夢を見たのね?
私の叫びを聞いて、フローが壁をすり抜けて駆け付けた。
「――!! どうしました! メル!!!……まぁ」
フローも魔物を姿を見て、「まぁ~た、アナタですか?」と呆れていた。その数秒後、扉が激しくノックされる。
――ドン!ドン!ドン!
「何が有りました!? 大丈夫ですか!? 入ります! 失礼します!!」
ルイスも真っ青な顔して、私の部屋に飛び込んで来た。私と魔物をみて察したのか、
彼は慌てて魔物を私から引き離す。……が、しかし。尻尾でビシバシと抵抗される。
「こら! あばっれるな!」
「むぅ~! いや~! はなす~!!」
魔物から、『むぅ』以外の言葉が聞こえたのだ。しかも人の言葉……三人は思わず魔物を注目する。
「君、喋れるの??」
「むぅ! はなす~! さわらない~」
魔物は激しい抵抗の末、ルイスの手から逃れると私の元へと戻ってきた。
右腕をしっかりホールドすると満足げな顔をした。ルイスは困惑しながらも私を心配する。
「メル大丈夫か? 怪我は……」
「うんないよ、大丈夫。驚かせてごめんね? 目が覚めたらこんな状態で……私も驚いちゃった」
右腕を上げて二人に見せた。この魔物は腕を動かしても動じない。
「すっかり懐かれてるじゃないですか。それに屋敷の中に入って来るなんて……壁か天井にでも、穴が空いているんですかねぇ?」
「ひみつ~♪」
魔物はキャッキャと嬉しそうに話した。こんなに喋る子なのか……私は魔物に尋ねてみる。
「君、名前はなんて言うの?」
「むーな!!」
ムーナ!! かわいい。鳴き声は名前から由来してるの?? 個体名なのかな? 種別の名前なのかな? 思わず興味が湧いてしまった。
「まぁ! 魔物にも名前が有るんですね?」
「人間に似た、知能と社会性が有るのか? この魔物は一体どんな生態をしているんだ」
二人もブツブツと悩み始めた。それはそうだね。私はムーナに自己紹介をする。
「私はメルって言うんだ。彼女はフローで彼はルイス」
「める~・ふろ~・るいす~!!」
「すごい! 言えた!!」
「むーな、まのもの! める、ちゅき~! むーな、ここにいる~!」
『ちゅき~』嬉しそうに甘えてきた。
はわわ……可愛い!! こんなかわいい子に甘えられたら、なんでも許してしまいそうだ。そう言ってムーナは私の右腕を嘗め始めた。
「二人とも、ムーナもこの屋敷においてもいい? こんなに懐かれると、情が湧いちゃうよ……魔物の生体にも興味があるし、魔境で生活する上のヒントが見つかる気がするの」
「なぁ~に言っているんですか。可愛くても魔物ですよ?」
「そうです! 僕も反対です。引っかかれたり、咬まれたりして、病気になったりでもしたら……」
だよね? 私の認識が甘かったよ……この子聖女の力で清めたら、消えちゃうかもだし……やっぱり森に返した方がいいかな?
「むーな、にんげんたべな~い! おみずのんだからきれ~い!」
そう言うと、ムーナはぴょ~んと跳んで机に飛び乗った。そこに置いてあった虫眼鏡のような魔法道具を咥えて、もう一度こちらに戻って来る。
「この魔法道具って……毒見眼鏡だ! ドロシーから聞いたことある。魔力を少し流して、このレンズを通して対象を見ると、人間に有害な毒を持っているか分るんだよね?」
「ああ。僕も祖母から借りて使った事があるな」
毒消しが高級で普及していなかった頃は、この道具を使って毒などの有害なものを見分けていたらしい。
幸いにも毒見眼鏡は私のか細い魔力にも反応してくれた。柄に嵌めこまれた魔法石が淡く緑色に光る。私は毒見眼鏡でムーナを覗き見た。
毒や病原菌が居ると、黒く靄がかかるはずだけど……視界良好。靄一つなかった。
「何も悪いものは持って無いみたい」
ルイスも毒見眼鏡で確認してもらった。勿論結果は同じ。
フローとルイスは、どうしたものかと顔を見合わせた後、同時にため息を吐いた。
「まぁ、追い払っても、戻って来そうですからね? 仕方ありません」
「ああ、そうだな。ただし、メルを怪我させることが有れば、すぐにこの魔物は追い出す。いいね?」
「やったー! ふたりとも、ありがとう! 良かったね? ムーナ!」
「わ~い! いっしょ~!」
ムーナは、嬉しそうに私の右腕にしがみ付いて頬ずりする。
「ムーナ、くすぐったいよ……それに私の腕、結晶が尖っているから危ないよ? 怪我しちゃう」
「もんだいな~い!」
――ぱりん!
「「「え゛っ!?」」」
ぼりぼりぼりぼり……
腕から生えていた結晶の一つを……飴でも噛み砕く様に食べた! 食べたぁ!?
突然の出来事に、三人とも目が点だ。
妙な空気が流れたのだけ、よく覚えている。




