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死んだ聖女は天使と遊ぶ ~犯人を捜したいのに、スローライフを強いられます!~  作者: 雪村灯里
第二章 魔界de強制スローライフ

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第19話 魔物は人間に懐くのか?

「ぶふっっ!!!」


 茂みの中から、何か飛び出て来た。それは、私の顔に覆いかぶさるように、しがみつく。感触は柔らかくて、モフモフ。ただ、爪と髪の毛が絡んで少し痛い……


「「メル!!」」


 フローティアとルイスが心配する声が聞こえた。

 私はグラリとよろめく。だけど、踏み止まり桶を地面に降ろした。


(貴重な水!! 無駄に出来ない!!!)


 ルイス君が持っていた桶が転がり、水が零れる音が聞こえた。そして駆け寄ってくる音も。


「むぅ~!!!」


 ゼロ距離から、可愛らしい鳴き声が聞こえる。

 私は顔にへばりついているモフモフを、両手でしっかり捕まえた。それを慎重に、ゆっくりと剥がした。


(爪立てちゃヤダよ? お願いだよ??)


 私の願いが通じて、モフモフは私の頭から四肢を離してくれた。


 モフモフの正体と対面すると……白とミルクティー色の毛並みを持った、初めて見る動物だった。フワフワの長い尻尾を持って、頭には小さく一対の角が生えている。


(この子……魔物だっ!)


 ルイスが私の手から魔物を取り上げようとするが、魔物は彼の手をするりと避けた。


「むぅ~~~♡」


 魔物は太めの脚で、私の右腕をがっちりホールドして、頬ずりしていた。

 振り払う事に罪悪感を持ってしまうくらい可愛い。その子はうるうるとした瞳で私を見るとニッっと笑った。


「クッ!! ちょこまかと!! メル様から離れろ!!」


 魔物は再びルイスの手を避けると、太い尻尾でルイスの顔を、バシッと叩いて反撃した。その光景は、まるでルイスが魔物に遊ばれているようだった。大きなため息を吐いたフローが私に言った。


「メル! 珍しいからって見とれてないで、離してください!  食べられちゃいますよ?」

「二人とも、落ち着いて! 大丈夫だよ、こんな小さな子がまさか!」


 だけど、まさかだった。……この魔物は口を大きく開けると


 ――ぱくっ!


 私の右腕に噛みついた。

 三人とも言葉を失った。いち早く取り戻したのはルイス。彼は鬼の形相になった。


「コイツ!! メルから離れろ!!」


 ルイスの方が怖い!! 私は慌てて彼を止めた。


「ルイス!! 私は大丈夫っ!! 痛くないから!! 甘噛みというか、舐めてるだけだよ。ほ、ほら見て!? かわいいよ?」


 だけどルイス君は魔物を両手で掴み、とうとう私から引き離した。

 引き離された事に不満な魔物は、再び尻尾でルイス君の顔をビシビシと叩く。太い四肢で彼の腕を蹴ると、ルイス君の手から逃れた。


 魔物はしゅた! と着地すると、森の奥へ消えて行った。


(ビックリしたけど……可愛かったな。あんな魔物もいるんだ)


 魔物の毛塗れになったルイスが、慌てて私の腕を掴み確認した。


「怪我が無くて良かった……メル様、ここは魔境なんです! 油断をすると命に関わります!! さぁ……腕を洗ったら戻りますよ?」

「うん、ごめんね。気を付けるよ」


 早速怒られてしまった。


 ◇ ◇ ◇


「まぁ、こんな感じでしょうか?」


 埃だらけの部屋が、見違えるほど綺麗になった。


 掃除をしたかのような貫録を出すフローだが、実際は私とルイス君の二人で屋敷を必死に掃除した。大きな屋敷じゃないのが幸いして、今日使う予定の部屋だけ綺麗になったのだ。


「少し休みましょう。僕は水を汲んできますので、メル様は着替えてください」


 私達は埃だらけだ。今日の夕飯や体を清める為にも水は必要だ。私は屋敷を出ようとする彼の後を慌てて追った。


「私も一緒に行きます! ルイス様も疲れてるでしょ? 二人の方が早いです」


「なっ! ……ゴホン、メル様? その“ルイス様”呼びはおやめください。ルイスで結構ですので……」


「じゃあ、私もメルって呼んでください。もう聖女じゃなくて、ただのメルなんだから」


 ルイスは目をギョッとさせて驚く。そんな変な事を言ったつもりはないのですが?? 彼は気恥ずかしそうに名前を呼んでくれた。


「あ、ありがとう……メル」


「うん!」


 よかった! 少しルイスと距離が縮まった気がする!


 私達が井戸の傍を通り過ぎようとした時だった。見覚えがあるシルエットが井戸の蓋の上に居たのだ。


 森で出会った茶色と白のモフモフの魔物。器用に立ち上がって、こちらを見て両手を上げていた。


「むぅ~~~!!」


「こいつ! ついて来てたのか! しっし、森へ帰れ!」


 ルイスが追い払おうとするが、魔物はひらりと躱す。そして、井戸の周りをクルクルと走りまわるのだ。時々、井戸の中を気にする素振りを見せる。


「ルイス……この子、井戸を気にしてない? 何かあるのかな? 試しに蓋を開けてみてもいい?」


「いいですけど……気を付けてください?」


 私は木製の蓋を開けた。井戸の奥からは、ひんやりとした空気を感じる。……もしや、これは??


 ルイスも何か感じたのか、近くにあった小石を井戸に投げ入れた。すると……


 ―――ちゃぽん


「「ああああぁっ!!」」


 井戸に水が満ちていた。


「待ってっ下さい、今片づけた釣瓶を持ってきますから……確か納屋に」


 ルイスが踵を返した時だった。


「むっむむぅ~♪」


 魔物が手を空に向けて掲げている。その動きに合わせて井戸の中から水が浮き上がる


「むぅっ♪」


 魔物は私達に向けて手を差し出すと、それに合わせて水も私達目掛けて飛んできた。


「きゃあっ!!」

「わあっ!!!」


「どうしました二人とも!?」


 屋敷の壁をすり抜けてフローが様子を見に来た。ずぶ濡れになってペタンと座り込む私達を見て驚く。


「二人仲良く水浴びですか? 私も混ざりたかったです」


「違いますッ!」

「この子にやられたぁ……」

「む~~~~ぅっ!」


 嬉しそうに私達の周りをぴょこぴょこと走り回る魔物を捕まえて、ずいっとフローに向けて差し出す。経緯を聞いた彼女は、呆れ顔でため息を吐いた。


「はぁ~。何はともあれ、井戸に水が戻ってきて良かったですね?」


 フローの言う通りだ。これで、水を手に入れやすくなった。

 魔物は嬉しそうに私の右手に頬ずりする。


 はぁ、魔境に住む生物は良く分からない。

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