第17話 新生活は魔境で始まる
「楽しみですねっ!? メル!!」
車窓から見えるのどかな景色と、それを見てはしゃぐフローが眩しい。
私は彼女の問いにぎこちなく笑い、無言で頷いた。
声を発して、フローと話したけど……目の前には、私の雇用主であるルイス君がいる。フローが見えていない彼の前でフローと会話したら、私は独り言をいう怪しい女になってしまう。
聖女の葬儀も無事に終わり、私達は馬車に揺られて新天地に向かう。国の東端に位置する、クロフォード家が治める辺境領地だ。通称・魔境。
私を守った騎士が、雇用主になるとは……人生何が起こるか分からない。
親友は殺されるし、長年住んだ城からは追い出されるし、魔法も満足に使えなくなるし……。
車窓から見える澄んだ青空とは真逆で、私の心はどんよりと曇っていた。せめて、フローの仇は取りたいなぁ……。私は目の前に座るルイスに尋ねた。
「ルイス様? あれからベルメールの情報は出ていますか?」
「出ています。魔きょ……クロフォード領地に向かって飛ぶ姿が目撃されていますが、それっきりです」
「魔境!? じゃぁ! ベルメールを捕まえるチャンスがあるって事ですか??」
私は目を輝かせた。だけど、その反応を見たルイス君は露骨に嫌そうな顔をした。やな予感。
「チャンスはありますが、貴女は捕まえないでください! 捕まえるのは、僕達の騎士の役目ですので。先の事件は早く忘れて、新しい生活に慣れることを優先してください。油断していると魔物に襲われますよ?」
うっ……
ルイスの注意に、話を聞いていたフローも便乗してきた。
「そうですよ? メルは生前の私より、魔法が使えなくて弱々なのですから。ベルメールを捕まえようとしても、返り討ちに逢うだけですね」
昨日、私はどれ位の魔法が使えるかを試みた。だけと、攻撃と言える魔法は使えなかった。
せいぜい生活に困らないレベルの一般魔法だけ。ダークドラゴンを第一線で追い払った頃が懐かしい。
私は右腕に出来た赤い結晶をぐっと握り締めて、二人に返事した。
「わかりました……」
◇ ◇ ◇
灰色の雲・ 鬱蒼とした森・荒れた屋敷……
私とフローは馬車から降りて愕然とした。
「これは……まぁ~た、かなりボロ……古い家ですね」
石レンガと木で造られた2階建ての屋敷。1階の石レンガ部分は、蔦に覆われていた。赤い屋根瓦も薄汚れている。庭も荒れ放題。畑が有ったであろうスペースも野生に還っていた。
領主の別邸というより、魔女の隠れ家と言った方がぴったりだ。このお屋敷、人が住んでいる気配が全くしない。
「ルイス様、ここは誰か住んでいるんですか?」
「誰も住んでいませんよ? 」
私とフローがこの屋敷に駐在して管理するのか……それもいいかもしれない。私達だけなら、仕事の合間にベルメールを探すことが出来る。
二人には『ベルメールを探さない』とは言ったけど、仇は取りたい。全てを失った私に、復讐という生きる理由が見えたのも束の間……
「ご苦労、王都に戻っていいぞ。帰りの道中も気を付けてくれ」
ルイス君が馬車の御者にそう言ったのだ。馬車は来た道を戻るように、去って行った。私とフローとルイス君を残して。
「あれ? ルイス様は、お帰りにならないのですか?」
「ええ、そうですよ? 僕もここに住まう事にしました。貴女だけでは危ないですからね。さあ、中へ入りましょう。案内します」
彼は自身の荷物と、私のトランクを持って屋敷へと歩き出した。
そんな……。こっそりとベルメールを探すことが難しくなり、私は肩を落した。人生上手くいかないなぁ。
「……フロー、行こうか?」
隣にいる彼女を見たら、『凍れる花』がお怒りだった。
「ルイスも住むのですか!? 待ってください! それは話しが違ってきます!! 聞いていません!! 私は反対です!! そしたら、未婚の男女がっ!! 同じ屋根の下で二人っきりだなんて!!」
たしかに、そういう事になる。復讐の道を閉ざされた私にとって、それはとても些細な事だった。それに……
「フロー問題ないよ。ルイス君は私を見るたびに、険しい顔するし。男女の仲になるような感情は持ってないよ。ほら、フロー行こう? 置いて行かれちゃう」
彼は私に対して、一度たりとも爽やかな笑顔を向けた事は無い。いつも迷惑をかけたからなぁ……フローティアの姿になって、数日は笑顔を見せてくれた。けど、侍女の職を解雇されてから、彼の態度は一変したのだ。厳しい目つきで私を見るようになった。
「メル! そういう所ですよ!? 一応、乙女なんですから! 危機感を持ってください!?」
珍しく取り乱すフローを小声で宥めた。私は残りの荷物を抱え、ルイスの後を小走りで追う。
ダークウッドで造られた、重厚で上品な玄関扉。ルイスは鍵を取り出すとかチャリと錠を開けた。
室内は雨戸をしめ切っている為、暗くひんやりとする。ルイスは魔法を使い、小さな光の球を宙に浮かべた。
「さぁ、入ってください。案内します。一緒に窓を開けながら、ついて来てください」
私は返事すると、ルイスの後ろについて歩いた。窓を開ける度に埃が舞うが、同時に新鮮な空気が入ってくる。室内に光が入って、その全貌が明らかになる。
怒りが収まり、隣を歩いていたフローが呟いた。
「ふむ……屋敷の中は、庭ほど荒れていませんね?」
彼女が評価した通り、室内は埃が薄ら積もる位で、荷物も散乱せずに整っていた。
「到着早々申し訳ないのですが、荷物を置いたら掃除の準備をしてください。このままでは夜眠れそうにないので、掃除しましょう。階段を昇ったら右奥の部屋を使ってください。僕は二階の左奥の部屋を使います。屋敷内の設備は自由に使ってください」
「わかりました、着替えてまいります」
私は一礼して荷物を持って階段へ向おうとした時だった。ルイスが私の右腕を掴み引き留めた。そして低く静かな声で私に告げる。
「あと、変装も解いてください。 聖女様」
「えっ……??」
せいじょさま……私が聖女だって、気づいていたの!?
私は彼の腕を振りほどき、思わず後ずさる。ルイスは『敵意は無いですよ?』と言うように両手を開いて私に見せた。 狼狽える私の隣で、フローは両腕を組んで彼を睨んだ。
「はぁ~。やっぱり、変装に気づいていましたか……食えない男ですね」
「ついでに言うと……聞こえていますし、視えてますよ? フローティア嬢?」
私とフローは顔を見合わせて驚き、再びルイス君を見た。
「えええええ!!!!」
「なんと……」
ルイスは、フローも見えていた。




