第16話 そして聖女は野に放たれる
昨日の騒ぎから一夜明け、女神寺院係者と聖女担当の侍女達が三大臣に呼び出された。更には各騎士団長や魔術師団長など偉い人たちも勢揃いだ。
私は事あるごとに正体を明かすことを妨害され、今も変装しフローティアとしてこの場に居る。もちろん、まだ監視対象らしくルイス君も近くに居る。
気分は最悪だ。ベルメールを逃し、自分のミスで周囲に心配をかけて、尚且つ右腕の一部が宝石化して、上級魔法が使えなくなった。
そんな中……私はイェロー大臣から告げられてしまったのだ。
「フローティア=アイシィ。解雇だ」
――えっ?
茫然としていると、当の本人であるフローが、優しく笑って私を励ました。
「メル、丁度いいじゃないですか? 今まで窮屈な生活だったのです。貴女らしく自由に過ごすのも素敵です」
フローからはそう言われても、全然いい話に思えない。だって、犯人探しはどうするの?
周りを見渡すと、マジェンダ大臣は渋い顔をしていた。代わりにシアン大臣が、生き生きと話し出す。
「君だけでない。クラウス導師も今回の責任を受けて、葬儀が終ったらこの寺院から去る」
思わず私はクラウス導師の顔を見た。彼は眉も動かさず静かに説明した。
「ああ、シアン大臣の言う通りだ。聖女様の葬儀後、この寺院から去ることになった。私の管理不届きも今回の件に起因する。悲しい顔をするな、フロー……私も歳だ、いつでも退く覚悟はできていた」
嬉しそうなシアン大臣の話は止まらない。
「新しい導師はすぐに選出する。クラウス殿には管理不行き届きの件もあるが、親しかった聖女様が死んだこの寺院に居るのも辛いだろう。地方の寺院でゆっくり過ごしてもらおう思ってね。……あと、マジェンダ大臣。寺院に召喚魔法を扱える魔力持つ者が居たことも把握できないとは! 今後、女神寺院も私が見る事になった。マジェンダ大臣は王宮魔術師団だけをシッカリと見て頂く」
マジェンダ大臣は申し訳なさそうに私に言った。
「フローティア……すまない。ドロシーに師事している君を魔術師団にとも考えたのだが……魔力が宝石化した人物は入れる事が出来ないんだ。力になれず申し訳ない」
マジェンダ大臣は私の右腕を見て答えた。確かにこの状態では魔法が巧く使えない。空気が沈んだ場内で、シアン大臣だけが饒舌に語る。
「聖女様を殺した犯人は、ベルメールだ。すぐにでも捕まるだろう。そして、女神寺院の新体制や、新たな聖女様を迎えるに当たり、人員の配置転換を行なう事にする! 特に聖女様と親しかった、侍女達は不審な部分が多く、信頼できない。よって分散させる」
近くに居たリズは驚いて目を丸くして、アリサは顔を真っ青にしていた。
彼女達は何も悪くないのに……彼女達まで巻き込んでしまった。シアン大臣の言葉が頭に入ってこない。メルティーナ、考えて……どうするべきか諦めずに考えなきゃ……。
「それで、残された者の新しい配置先だが……」
もう、これはメルティアーナとして責任を取らなくては! これを逃したらもう訂正できない。
私は冷たい手を握り締めた。シアン大臣をますぐ見て発言した。
「あの!……ふがっ! ううぅ!?」
「シアン大臣、発言してもよろしいでしょうか?」
またルイスに手で口を塞がれ妨害された。
なんなのこの人は!? 大切な時に邪魔してきて!!
「なんだ、ルイス。言ってみろ。フローティア、黙りなさい」
はぁぁぁぁぁ!?
私は目を見開き、シアン大臣に怒りを示す。そしてルイスを見上げ同じように目で威嚇した。
「聖女に仕えていた侍女達は信頼できず配置転換という事ですが……でしたら、二人とも我クロフォード家で引き取りたいのですが、よろしいでしょうか? あと、ついでにフローティア嬢も」
「「はぁ!?」」
これは私とシアン大臣が驚いた声である。大臣、初めて意見が揃った。
驚く私達を置いてルイスは話を続ける。
「 我がクロフォード家は使用人を探しています。本邸に二人、辺境の別邸に一人。本邸にリズ嬢とアリサ嬢を……」
いやっ……何をいきなり??
こんな急展開さすがに嫌だろうと思い、リズとアリサを見ると……彼女達は乗り気なのか、先程よりも顔色がいい。更にはクラウス導師とマジェンダ大臣も頷いている。
私だけ置いてけぼりで、話しは進む。
「……そして、辺境の別邸にフローティア嬢を。それならば3人とも脅威にはなりませんよね? 特にフローティア嬢は」
辺境の別邸……?
それを聞き、近くに居たシスターが、突然泣き崩れた。
「ああ、フローティア……あんな土地に!……可哀そうに……」
心なしか、みんな同情の目で私を見る。ただ一人を覗いて……
「……メル! 私、辺境で田舎暮らししたいです! 憧れていたんですよね。一緒にゆっくり過ごしましょうよ?」
フローはウッキウキだ。
どんな土地か存じ上げないけど……ゆっくりできそうな空気じゃないよ!?
「なんだと!? 副団長のクセに! 何を勝手に!!」
シアン大臣の怒号が聞こえてきた。それをイェロー大臣が止めた。
「シアン大臣、クロフォード家は国王陛下と親戚関係にある。 それに彼が持つ辺境の領地も知らない訳無いだろう? あそこは魔界の扉から漏れだす瘴気で荒れた、流刑地よりも酷い領地だ」
他人が治める領地を……酷い言い草だな。でも、そんなにひどい土地なの!? マジェンダ大臣も補足する。
「あんな土地で反乱を考える奴は、まずいない。本邸はいいとして、別邸は自分の命を守るのが優先になるからな。まさか、それ以外に思惑があるわけじゃないだろ? シアン大臣」
シアン大臣は何も言えなくなってしまった。彼が思い描いたビジョンとは違いが有れど、怪しい人物を城から遠ざける事は出来ている。彼にとっては悪い話ではないはずだ。
だけど、私にとっては悪い!! 断ろう。ベルメール捜しをしなきゃだし!!!
「え~!! いいじゃないですか? 楽しそうですよ? 田舎暮らし」
私の表情を読んだフローは、さらに別邸行を勧めてくる。……口元が笑っている。
フローを見ていた隙に、さらに話は進んでいく。ルイスは爽やかに微笑みながら確認した。
「みなさん、異議はなさそうですね?」
「いえ! あり……」
その時、私の唇に何か触れた。ルイスの指だ。
彼は私の唇にひとさし指で触れると、軽く押さえて異議を封じた。
「……と言う事で、よろしく。フローティア嬢」
爽やかイケメンに満面の笑顔で言われてしまった。
ルイス君、目の奥が怖いよ? 圧……圧をかけてるよね?
「返事は?」
「は、はい……」
こうやって私は正体を明かせぬまま、城から出る事になった。親友も魔法も全て失って。そして、新たな物語は新天地……いや、魔境で始まる。
~第一章 聖女暗殺 終り~




