第12話 楽しい聖女の降霊会
いつもと雰囲気が違う大聖堂。
死者を弔う香が焚かれ、祭壇の前には白い棺が置かれていた。その中に、私の姿をしたフローティアが横たわる。
胸の短剣は抜かれ、白い死装束を纏っている。薄っすらと死化粧も施された彼女は、眠っているようだ。安らかで綺麗な顔をしていた。
私とフローは年齢、背格好、顔の系統も近い。とはいえ、誰も入れ替わった事に気づかなかったの? それはそれでマズいのでは?
「へぇ~。バレないものですね? あのコンシーラーも落ちてない」
死んだ本人が隣で感心していた。彼女が指摘した通り、遺体の左目元の泣きぼくろは、化粧で隠れたままだった。
(聖女の力で化粧を落ちにくくしたけど、これは強力すぎでしょう……)
さすがに引いてしまった。
改めて、フローの遺体を目の当たりすると、彼女を殺した人物に対して憎しみが湧き上がった。もう彼女と手をつなぐことも出来ない、私の髪を梳いてくれない……。絶対に犯人を捕まえて、罰を与えてやる。
彼女の胸元には、輝きを失った魔除けの首飾りが、今も主に寄り添って居た。白く細い腕にも、微かな光を受けて輝くバングルが嵌められている。
(あれ? フローが付けている魔除けの首飾り、発動してる)
この首飾りは、呪いかそれに準ずる邪な魔法を感知すると、小規模な結界が発動する。その効果は約6時間程。この結界は物理的な攻撃は防げない。
……だが、今はその結界は消失している。
(結界が発動するなんて、どんな魔法を使われそうになったんだろう?)
この中に犯人が居るのだろうか? どうか、外部の犯行であって欲しい……そう願いながらも、私は周囲に居る人々の様子を伺う。
(あれ? あの人が居ない)
女神寺院の関係者も呼ばれているはずなのに、重要な人物が足りない。私は隣にいる騎士のルイスに小声で尋ねた。
「ルイス様、クラウス導師のお姿が見えないのですが……彼は何処に?」
「クラウス様は、現在聴取の最中です。動機が分からないとはいえ、状況証拠は彼が不利なものが多いので」
聖女の遺体の第一発見者で、寺院の鍵は彼が管理している。そして私も油断するであろう人物。
(む~? でも、クラウス導師に殺される理由が思い浮かばないなぁ)
などと考えているうちに、ベルメールが聖女の棺に近づき言葉を掛けた。
「あら、お可哀そうに……。さぞかし無念でしょうねぇ。それでは早速儀式を開始します。聖女様のお名前を教えて貰えますか?」
「メルティアーナ=ソルフローだ」
シアン大臣が答えると、ベルメールは頷き鞄から道具を取り出した。真っ黒な蝋燭に、髑髏のモチーフが彫られたゴブレット。それらを棺の周りに配置すると、古びた本を左手に持ち、ドヤ顔で一言。
「わかりました。では聖女様の魂をお体に戻します!!」
(……お体に、戻す??)
ベルメールは集中すると、ブツブツと呪文の詠唱を始めた。共鳴するように蝋燭の炎が大きく揺れる。
私は降霊術に関する情報を、記憶の中から探していた。
降霊術は、術者自身に霊を降ろして、声を聞く技じゃなかった? 遺体に魂を降ろすなんて蘇生――いや、それって屍術師の技じゃない??
私が顔を上げると……
――キィン!
何かが当たり、弾ける音がした。甲高い音に一同驚きを隠せない。音がした方を見ると……棺の中の聖女が身に付けているバングルに、嵌め込まれていた石が割れてポロリと落ちた。護符が発動して相殺した。
(何この人!? 護符の結界を相殺する程、強力な技使ってる!!)
みんなは、この事に気付いておらず、再び神妙な面持ちでベルメールを注視している。
それもそうだ、あのネックレスとバングルが護符と知っているのは、私とフロー……そして、それを作った導師など聖女に近しい者たちだけ。
ベルメールは頭を掻きながら、不思議そうに首を捻った。
「あれ? おかしいな……もう一度」
ベルメールの道具たちが先ほどよりも禍々《まがまが》しく輝く。
私は慌てて、両手を組んで目を瞑った。聖女の技で、フローの体に結界を張る。
(お願いします! フローの遺体を、邪悪な術から守ってください!!)
一瞬、大聖堂内が光で包まれた。同時にまた何かを弾く音が聞こえた。
―――パキィーーーン!!
どうやら間に合ったようだ。半球状の薄い光の壁が棺を護るように囲い、同時に棺桶の周りに配置されていた蝋燭の炎が消え、髑髏のゴブレットも弾き飛ばされていた。
「あああっ!! 僕の道具がっ!!」
一連の現象に聖堂内が騒然とする。
「なにが起った!? 説明しろ!?」
シアン大臣がベルメールに詰め寄る。ベルメール自身も何が起って居るのかわかっていない様子で、聖女の棺を見ると慌てふためいていた。
「なっ! まっ! 結界!? この結界はまさか、聖女の……」
ベルメールが何か言いかけた時。
「―――みなさんお揃いで、何をしているんです?」
大聖堂の入口から、落ち着いた口調の男性の声が聞こえた。新たな登場人物に驚いて、みんな一斉に振り向いた。
そこには四人の人影。騎士が二人とシスター、そしてクラウス導師が居た。
クラウス導師は、静かに怒りながらベルメールに問いかける。
「お前は、聖女様に何をしようとしたんだ?」




