第×話 聖女が死んだ日
護国の聖女・メルティアーナが死んだ。
大聖堂のホールで、仰向けに倒れるうら若き乙女。その胸には、短剣が突き立てられていた。
白いネグリジェは赤黒く染まり、口からは一筋の血が流れ落ちる。薄桃色の長い髪は乱れ、焦点の合わない紫色の瞳は、虚空を見つめていた。
彼女が見つかったのは早朝。見つかった時には既に冷たくなっていた。関係者が続々と大聖堂に集まる。
皆、彼女の変わり果てた姿を見ると、聖女の死を嘆き悲しんだ。事件を聞きつけて、聖女に仕える侍女達と一緒に、私も大聖堂に飛び込んた。
「お願いです! 通してください!!」
私はとても慌てていた。真実を確かめたかった!
遺体の傍に駆け寄ろうとするが、近くに居た侍女頭に制止される。
「お願い! 離して!!」
「フローティア、ダメです。お医者様が検死するまで触れてはなりません!」
その言葉と共に、聖女の遺体は白い布で隠される。
私は聖女に向けて手を伸ばした。水色の髪を振り乱し、薄紫色の瞳から涙を零して泣き叫ぶ。
「嘘よ! そんな……こんな事って……なぜあなたが?……聖女は……」
『……ダメ』
言い切る前に頭に声が響いた。
(この声は……)
でも、同時に胸が苦しくなった。……視界に黒い靄がかかる。呼吸が荒くなり、立っていられない。私が倒れた事により、新たな騒ぎが起こる。
「フロー!! 大丈夫!? ねぇ、フロー!?」
侍女頭は私の肩を叩く。
(こんな時に貧血? ダメ、それよりも言わないと……)
私は声を発しようとするが、苦しくて言葉にならない。そんな私の姿を見て、周囲からは憐れむ声が聞こえる。
「『凍れる花』の彼女が、ここまで取り乱すなんて……」
「可哀そうに……よほど聖女様が亡くなられたのがショックだったのだろう」
(そうじゃないの! それよりも……)
「失礼……」
その騒ぎを聞いて、青年が1人近づいて来た。低く響いた声を聞いて、辺りは静まり返る。
この声は……聖女を守る『第三騎士団』に所属するルイスだ。彼は一言断りを入れると、倒れた私の目元にそっと触れて確認した。
「ショックで貧血を起こしたのかもしれません。僕が医務室に運びましょう。誰か一緒に来てくれませんか?」
彼は私を侍女頭から受取り、横抱きで軽々と持ち上げた。それを見てフローティアの侍女仲間が名乗りを上げる。
「わ、私が一緒に参ります!」
「ありがとう」
(ちがう……そうじゃない……真実を言わなきゃ……)
私は黒く染まりゆく視界の中、遠ざかるフローティアの遺体を見ていた。
そう。今、生きて運ばれている私が――
本物の聖女・メルティアーナ。




