憧れてたんだよね
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「あれ~ルイ、何してん。アンジュは?」
「カヤ…」
アンジュのもとを離れてから、とぼとぼと一人で歩いていたらカヤに声をかけられた。彼の手にはビニール袋が下げられており、中からお菓子の袋が垣間見える。
「相変わらず…すごいな」
「だろ!」
自慢げにビニール袋を持ち上げて、にっこりと笑う。
カヤは昔から、何でもできてしまう。初めてやることでもすぐにコツを掴んで、上手くやってのける。そんな彼だから、反感や妬みを買うことも少なくない。けれどそれ以上にカヤの人柄に懐柔されるひとが多い。だから、カヤは友達が多いのだ。
彼なら、さっき俺がしたことも上手くフォローできるだろうし、そもそもそんなミスをしないかもしれない。アンジュとも打ち解けさえすれば、俺なんかよりも絶対に仲良くなる。二人に仲良くなって欲しいと思っていたのに、今は少しモヤモヤする。
「ルイ?」
「あ、ああ。アンジュは一人でやってるよ。でも勝負なんて…もう少し手加減してあげればいいのに」
「そんなん、アンジュ嫌いそうじゃん」
「……」
驚いた。カヤが随分と的を射たことを言ったから。
確かに、アンジュはプライドが高くて負けず嫌いだ。手を抜いたなんて知ったら、絶対に怒る。正々堂々勝負して勝つことに意味があるのだと言いそうだ。
時間をかけてアンジュのことを理解していった俺に比べて、カヤは一瞬でアンジュの性格を理解したみたいで悔しい。
「いいな…カヤは…」
「?」
「………」
「とりあえず、外出るか。ここうるさいし」
「え、でもまだ時間……」
「親友が元気ないのに、このまま勝負を続けるわけないだろ?」
カヤは俺に歯を見せて笑った。こういうところがあるから、嫌いになれないし、敵わない。
彼には敵わないんだ、端から。だから、羨ましいと思うことはあっても妬むことはできない。小さい頃から近くにいたからこそ、カヤの人柄を俺はよく分かっている。
(でも、アンジュは…)
カヤに背中を押され、ゲームセンタ―の外に出る。近くにあったベンチにカヤが腰を下ろしたので、そのすぐ隣に俺も座った。
「………」
「………」
珍しく、二人の間に沈黙が流れる。俺が話さなくても、カヤはいつも一方的に話しているから、沈黙になることはほとんどないのに。
ゲームセンターの中から聞こえる騒がしい音たちが、余計際立って聞こえてきた。
「俺さ……ルイに憧れてたんだよね」
「は?」
カヤの口から出た言葉は、あまりにも非現実的で驚く。
「いやさぁ、俺ってこんなだから、周りに合わせてばっかりっていうか…、それはそれで楽しいけど。………でもルイはいつも堂々としてて、すごい優しくて…その優しさが本物で偽善じゃない………それってすげぇなって思ってた」
「………」
初めて聞く言葉だらけで、何も出てこない。カヤが俺のことをそんな風に思っていたことが、素直に嬉しい。
「俺、ルイといるときは素でいられるっていうか…とにかくルイの隣は心地いいんだ。だから、いつも俺の自分勝手で迷惑かけちゃってごめんな」
俺を見たカヤは眉を下げて笑っていた。それは初めて見る彼の表情だった。
俺はカヤにとって大勢の友達の中の一人だと思っていたけれど、かなり特別な存在だったのかと思うと、少し照れ臭い気持ちになった。
「迷惑とか思ったことないから、大丈夫…。俺にとってもカヤは、取り繕わないでいられる相手だから……」
「へ…へへ。そりゃ嬉しいな」
俺とカヤの間に、今まで流れたことのない、恥ずかしい空気が流れる。
いたたまれなくなった俺達のもとへ、タイミングがいいのか悪いのか、ゲームセンターの中から出てきたアンジュが何かを抱えて近づいてきた。
「おお、アンジュ!おかえり~。何か取れたみたいじゃん」
「まぁね、これくらい余裕だし」
カヤが普段通りに戻って、アンジュに話しかける。その言葉にアンジュも得意げに返事をしている。
俺がアンジュを見ていると、彼もこちらを見て、目が合った。さっきのことを思い出して、気まずくて目を伏せてしまう。
「でも、まだまだだな。俺はこれだけ取ったぜ!」
そんな俺たちに気づいているのかいないのか、カヤがアンジュと会話を続ける。彼は自分が取った景品たちが入ったビニール袋を持ち上げる。
「うっ……でもこっちの方が、価値が高いし……」
「そうかそうか~!」
カヤは勝負などどうでもいいといったように、アンジュの頭を撫でた。何となく、その姿が兄弟のように見えた。アンジュは嫌な顔をしながらも、その手を受け入れている。
カヤと話した内容を思い出すと、アンジュとカヤのやりとりも微笑ましく見ることができた。不思議と心が落ち着いている。
「んじゃあ、今日は帰りますか!」
アンジュとカヤが歩き出した後ろを、静かについていく。二人はやはり相性がいいんだろう。今日初めて会ったのに、ここまで仲良くなれるのだから。
俺にとって大切な二人が仲良くなるのは、純粋に嬉しい気持ちだった。さっきまでのモヤモヤも、いつも間にか消えていた。
「じゃあな!」
俺たちの家に着くと、カヤが俺とアンジュに手を振ってそのまま行ってしまった。
帰り道も二人は楽しそうに話していて、俺は会話を聞いているだけでも満足だった。
「「ただいま」」
二人で家の中に入ってそう言ったが、辺りは静まり返っている。まだ、誰も帰ってきていないらしい。
俺は気まずかった気持ちもすっかり忘れ、洗面所で手洗いうがいをした。そして部屋に入った瞬間、俺の背中に何か柔らかいものが押しつけられた。
「?」
振り向くと、アンジュが俯いたまま、さっきまで腕の中に抱えていたぬいぐるみを俺の背中に押し出していた。
「アンジュ?どうしたの…?」
「…………あげる」
俯いて顔は見えないものの、アンジュの耳は真っ赤に染まっていた。
不器用に差し出されたそれを受け取って、彼の真正面に向き直る。それは、俺がアンジュに少し似ていると言ったぬいぐるみだった。
「くれるの…?」
俺の質問にこくりと頷く。持ち上げたぬいぐるみを見つめた後、部屋のベッドの上に置かれていたもう一つのぬいぐるみを見た。二つのぬいぐるみを交互に見つめる。
「あり、がとう…」
「っ‼」
アンジュがようやく顔を上げた。不安そうな、でも俺の言葉にほっとしたような表情をしている。
あの時、離れずにアンジュのそばにいればよかった。そうすれば、彼の一生懸命取ろうとする姿を見ることができただろうに。
「嬉しい、大事にするね」
「………ぅん」
微笑むと、アンジュは再び俯いてしまった。
(可愛い…)
「そういえば帰り、カヤとすごく楽しそうだったね」
「え…」
俺が思い出したように話題を変えると、アンジュは怪訝そうに俺を見つめた。変なことを言っただろうか。
「……ルイが…」
「ん?」
「ルイが、カヤと楽しそうに話すから…」
「……?」
俺がカヤと楽しそうに話すことが、アンジュとカヤが仲良くすることと何か関係があるのだろうか。
「僕がカヤと話せば、二人が話すところ見なくていいかなって思った」
「それって……」
「?」
(やきもち……?)
勘違いや自惚れじゃなければきっとそうだ。俺が、二人が仲良くしている時にモヤモヤしていたように、アンジュも俺とカヤが仲良くしていることに嫉妬していたのだろうか。アンジュは何も気づいていないようで、首を傾げた。いちいち仕草が可愛らしい。
「ルイ…何?」
「ううん、何でも」
俺が満足そうにアンジュの頭を撫でると、彼も嬉しそうに微笑んだ。お互いがお互いに不安に思っていたと思うと少し笑えるけれど、それ以上に安心したし、嬉しい気持ちが大きかった。
(俺は、アンジュが…)




