後ろにいるの、誰?
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「ルイは……僕のことどう思っているんだ?」
そう聞かれて、素直に好きだと言えなかったのは何故だろう。恥ずかしい、とかそんな単純なことじゃない気がした。
(俺は……)
親は仕事、ルナとルカは友達と遊びに出かけ、俺とアンジュは部屋でだらだらと過ごしていたある日のこと。
「ん……」
ベッドの上に座った俺の膝の上に寝転がりながら、漫画を読んでいたアンジュが眠そうな声を上げた。
「ふふ、寝てもいいよ」
その顔を撫でて彼の方を見ると、素直に目を閉じた。そしてそのまますぐに眠ってしまった。アンジュの寝顔を見つめながら、この間のことを考える。
(逆に…アンジュは俺のことをどう思っているのだろうか)
長いまつげに、綺麗な目鼻立ち、そして美しい白髪の髪。アンジュの顔が整っているのは、やはり天使だからなのだろうか。普段、あまりにも俺たちと同じように過ごしているから忘れそうになるが、アンジュは天使だ。
彼と過ごしてそれなりに経ったから、アンジュに好意を持たれていることは何となく分かる。でも、その好意がどういう意味をもたらすのかは分かっていない。
というかそもそも、俺はアンジュ自身のことをあまりよく知らない。天使のことだって、詳しく聞いていいのか分からずにいるし、アンジュ自身のことはプライベートのことだから、ずかずかと聞くのも違う気がする。誰にだって聞かれたくないこと、話したくないことがあるはずだ。
知りたい、けれど知るのが怖くもある。天使だなんてフィクションでしか聞いたことがないし、知ってしまったら何かが変わってしまう気がする。
手の中に読み途中の漫画を抱きながら、静かに寝息を立てる彼の頬を人差し指でこすると、微かに口角が上がったように見えた。
(可愛い……)
暖かい雰囲気の中、浮いたインターホンの音が俺の耳に入ってきた。
何か荷物が届いたのかと思ったけれど、続けて何度もリズムよく押されたチャイムで、宅配の人ではないことが分かった。というか、こんなにしつこくインターホンを押してくる人なんてあいつしかいない。
「ん……るい…?」
けたたましく鳴り続くチャイムの音に、さすがのアンジュも起きてしまったようだ。俺の膝から離れて上半身を起こし、瞼をこすっている。
相手が相手だから、別に出なくてもいいかと思いつつ、このままだと近所迷惑になりかねないと考えて、仕方なく腰を上げる。
アンジュの頭を静かに撫でると、部屋から出て玄関に向かう。その間にもチャイムの音は鳴り続けている。
(俺が出るまで鳴らすつもりかよ…)
玄関のドアに手をかけ、体重をかけて扉を開ける。
姿を見せた男は、やはり俺の予想した通りの奴だった。短めの赤髪に、小麦色の肌、身長は俺より少し高く、笑顔が特徴的な男だ。
「よっ!ルイ!居留守すんのかと思って焦ったぜ~!」
一ミリも焦ってなどいないくせに、それに俺が出るまでインターホンを押し続けていたのに、居留守なんてよく言う。
「カヤ、来るときは事前に連絡しろって言ってるよな」
彼の名前はカヤ。家が近い同い年で、親同士も仲がいい、いわゆる幼馴染だ。腐れ縁ともいう。
性格が真逆な俺たちは、普通だったら口も交わさないだろう。教室の隅で読書をしているような俺とは反対に、カヤはクラスの中心にいるような男だ。
友達の多いカヤにとって、俺はその中の一人なんだろうが、それでも俺にとっては数少ない友人で、とりわけ気を許せる相手だ。カヤになら何を言っても許されるみたいな感じに思っている。
家に引きこもっている俺を、カヤはこうして頻繁に、無理矢理外に連れ出してくれる。
「えーそうだっけ、ごめんごめん~。次は連絡入れるわ~」
「この前もそれ言ってたけどな」
ガハハと大きな口で笑うカヤに、ため息交じりに返す。事前連絡なんて期待もしていないが、一応建前上言っておいている。別に事前に連絡をくれても、断ったりしないのだが。
「で、今日は何?」
「…あのさ、その前にずっと気になってること、一個聞いてい?」
「…?」
カヤが少し神妙な面持ちで、俺を見た。珍しい彼の様子を見て首を傾げた俺に、カヤはこう言った。
「ルイの…後ろにいるの、誰?」
「は⁉」
俺は驚いて、カヤが指さした方を振り向いた。
「え、何⁉やっぱ幽霊?幽霊なの?俺にしか見えてない感じ?…うわ~ずっと霊感ないって思って、幽霊信じてない派だったのに…。どうしよう俺テレビとか出ちゃうんかな?実体験みたいなやつでさぁ。世の中何があるか分かんねぇな~」
俺が話す隙も与えないくらいに、カヤは興奮した様子で話を続ける。カヤが見たのはもちろん幽霊なんかじゃない、アンジュだ。俺が驚いたのは、アンジュの足音に気づかずにいたこと。まさかアンジュが俺の後ろをついてきているなんて思っていなかったからだ。
「それにしても、幽霊ってこんなに綺麗なんだな~。いや、死んだときそのままの姿だったら、人間の時に綺麗だったってことか…」
アンジュをまじまじと見つめながら、まだ意味の分からないことを話し続けるカヤに、とりあえずこう言った。
「いや、俺も見えてるし、幽霊じゃないから」
「え…?」
「アンジュって言って、あーえっと…遠い親戚の子で預かってるんだ」
アンジュが家に来た時に、家族会議で決めたアンジュの外での説明を思い出しながら言った。随分前のことだったし、普段は家にいることが多いからすっかり忘れていたが、思い出せてよかった。
「え~幽霊じゃないんか~」
安心したような、残念がっているような、よくわからない反応で、カヤは再びアンジュを見つめた。アンジュは警戒する猫のように、俺の後ろに隠れて身を縮めている。
(幽霊じゃないし、人間でもないけどな…)
アンジュは意外と人見知りをするタイプなのだろうか。最近は素直になってきているが、前はプライドの高い天使様みたいな感じだったから、人見知りするような感じではないと思っていた。
「あ、俺カヤ。ルイの~親友?みたいな感じ。アンジュ、よろしくな」
彼の切り替えの早さは嫌いじゃない。それ以上アンジュのことには深入りせずに、手を差し伸べ挨拶をした。しかし、アンジュはいまだ警戒した様子でカヤを見ている。カヤとアンジュは何だかんだ気が合いそうだと思っていたのだが、難しいだろうか。
「アンジュも一緒に行こうぜ!」
「………どこに?」
「決めてない!」
「そうだと思ったよ。……アンジュ、どこ行きたい?」
「え…僕?」
大方予想の付いていた答えをしてきたカヤにため息をつきながらアンジュの方を見ると、驚いた顔をしていた。そんなにおかしな質問をしたつもりはない。なぜそんな顔をするのか分からなかった。
「そうだな!アンジュ、決めていいぞ!」
カヤも諦めずにアンジュに話しかけている。アンジュは俯いて少し考えると、小さい声で言った。
「ゲーム…センター……」
「え…?」
アンジュの提案は意外なものだった。よほどこの前のが楽しかったのか。
「ならあそこだな~!」
「わ、分かった。準備してくるから、玄関上がって待ってて。」
「はいよ~」
カヤを玄関に上げ、アンジュと共に部屋に向かう。服はこのままでいいとして、財布や携帯などの必要な荷物を、近くに置いてあるバッグに詰めていく。アンジュはさっきから、びっくりするくらい大人しい。
「……アンジュ、無理に行かなくてもいいんだよ」
「えっ…」
カヤに気を遣っているのかもしれないと心配になって声をかけたが、そうではなかったようで、アンジュはすぐに首を横に振った。
「行く、行く!」
「あ…そう?」
俺に近づいて大声でそう宣言した。
「じゃ、行くか」
相手がカヤだと言っても、あまり待たせるのも可哀そうだ。あらかた必要なものは詰め込んだから、部屋を出て玄関に向かおうと扉に手をかけた俺の服の裾を、アンジュがつまんだ。
「……アンジュ?」
俺の声にアンジュはハッと現実に引き戻されたかのように手を離して、先に部屋を出て行った。アンジュの表情が見えなくて、なぜか少しだけ不安になった。




