好きな人、いるのかな
6
「アンジュ、おはよ」
目が覚めると、いつも隣にルイがいる。僕よりも早く起き、最近は少し上半身を起こして本を読んで、僕が起きるまで静かに待っていてくれている。
この日は晩御飯を食べ終えた僕が、いつの間にかベッドで眠ってしまっていたところだった。
いつも通りのはずなのに、ルイの顔が素直に見れない。
あの日から何だかおかしい。ルイの顔を見ると恥ずかしくて、ルイに笑いかけられると思わず逃げ出したくなる。心臓がうるさいくらい鳴り響いて、どこか身体でも悪いのだろうかと思うけれど、僕は天使だからそんなはずはない。
(じゃあ、この気持ちは何だ?)
自分の胸を手で押さえながらルイをちらりと見る。目が合ったルイが僕を見て微笑む。これも普段から見ている顔のはずなのに、なぜかいつもよりかっこよく見えるというか、輝いて見えるというか……
「アンジュ…?」
何も話さない僕の様子を変だと思ったのか、ルイの手が僕の頬に伸びてくる。
「っ‼」
反射的に、その手をはらってしまった。嫌だったわけではなく、むしろその逆だ。こんなことを思う自分が恥ずかしい。
「……」
ルイは驚いた顔で僕を見つめている。いたたまれなくなった僕は、思わず部屋から飛び出していた。
「あ、アンジュさん!こっちこっち!」
部屋から出たまま突っ立っていた僕を、隣の部屋から顔を出したルカに呼び止められる。
「……?」
ルカに手招きされ、そのまま部屋に入る。ルイの隣はルカとルナの部屋だ。
ルイの部屋より少し広めで、可愛らしいピンク色に染まった室内に、ベッドが二つ置いてある。真ん中に小さめのテーブルが置かれてあり、それを囲むようにルカとルナがパジャマ姿で座っている。二人の部屋に入ったのは初めてかもしれない。
「ここ、座って!……お兄は?」
「部屋にいるよ」
「なら良かった」
「?」
問いに答えながら、ルカに促されたとおりに腰を下ろす。
「ねえ、アンジュさんって好きな人いたことある?」
「る、ルカぁ!」
「…へ?」
ルカの言った言葉にルナが顔を真っ赤にする。僕はルカの言っていることがよく分からずに首をかしげる。
「ルナがね、好きな人いるらしくて!」
「ちょっと!」
「好きな……人」
それは、例えば朝が好きとか、ハンバーグが好き、とかと同じ感じの好きなのだろうか。でも、それだったらルナが顔を赤くしている意味が分からないし、なぜわざわざ僕に話すのかも分からない。好きなものがそんなに恥ずかしいのだろうか。
ルナの表情はまるで、まるで僕が……
「それでさ、アンジュさんはすごいモテそうだし、どうなのかな~って!」
「もてそう……?」
もてそうって何だ?どういう意味だろう…。
「ルカ、アンジュさん困ってるから…」
「えー恋バナ楽しいじゃーん!」
ルカの口から次々と知らない単語が出てくる。さっきから何を言っているのか全然理解できない。
「あの、好き…な人って何?」
とりあえず一番最初に疑問に思ったことを聞いてみた。すると、ルカもルナも僕の方を見てぽかんと口を開けたまま固まってしまった。僕は何か変なことでも言ったのか?
「あーあーなるほど、そういう感じね」
ルカがなぜか納得したように頷いている。何がそういう感じなんだ。
「じゃあ、ここはルナが!」
「えぇ~……」
「私まだ好きな人できたことないも~ん」
「…………好きな人って、いうのは…」
真っ赤な顔で視線を泳がしながら、ルナが話し始めた。
「あ、会えただけで嬉しくて、胸がいっぱいになったり……笑った顔にきゅんとしたり、上手く言葉に表せないけど、こう心臓がギュっと掴まれたみたいな気持ちになる…。愛おしいなって…」
ルナは好きな人のことを思い浮かべながら話しているのか、いつもよりもさらに可愛らしく見えた。彼女にこんな一面があったなんて。
そう思うと同時にルナの話したことが、僕にも思い当たることがありまくりで、自分の胸の辺りに手を当てる。目を閉じると、ルイの笑顔が浮かんでくる。
「アンジュさん?」
ルカの声に現実に引き戻される。
「あ、あぁ、いいな」
適当に相槌を打ちながらも、僕はずっと彼のことを考えていた。
(この……ルイに感じているこの気持ちは…好き、なのだろうか…)
ルイのことはもちろん好意的に思っている。
最初は見ず知らずの人を助ける、なんてお人好しな人だと思っていた。そういう、ただのいい人、みたいなイメージが僕の中にあって。
いつからだろう。この気持ちに変化があったのは…
確実に変わったのは、あのお出かけした日の帰りに見たルイの笑顔なのだが、本当はずっと前から少しずつ積もっていたのかもしれない。そこで、僕の頭に一つ疑問が浮かんできた。
「ルイ、は……?」
「?」
「ルイは…好きな人、いるのかな」
ルイにもそう思う誰かがいるのだろうか。考えるだけで、嫌になる。そんな特別な気持ちを、ルイが誰かに対して感じていたら…すごく嫌だ。
「いや、いないね」
「うん」
でも、僕の言葉にルカとルナがはっきりと否定した。
「お兄は……優しいから結構モテるんだけど、ある意味誰にでも平等っていうか…。誰にでも優しいんだよ」
「もてるって何…?」
「あーそっかそっか。モテるっていうのは、…ん~男女ともに好かれやすいってこと!お兄のこと、好きな子が結構いるってことだよ!」
まただ……
さっきは、ルイが誰かに対して特別な感情を持っていることが嫌だと思った。でも今は、ルイに特別な気持ちを持っている人達がいることに対して嫌だと思っている。顔も見たことがない相手に、こんなこと思うなんて僕は変だ。それなのに、胸が痛い。
「アンジュさんさ……」
ルカが言いかけた時、部屋の扉がノックされた。
「アンジュ、いる?」
ルイの声だ。いつも僕を優しく包み込んでくれる、彼の声。
ルカはつまらなそうに口を尖らせると、重い腰を上げて立ち上がった。そしてそのまま部屋のドアに向かい、扉を開けた。
「も~いい所だったのにさ~!」
「ごめんな、でもあんまり夜更かしするなよ」
「はぁい」
ルカの頭をぽんぽんと撫でると、ルイは僕の方を見た。さっき、自分の気持ちを自覚したばかりで、どんな顔で彼を見ればいいのか分からない。それに、モヤモヤした気持ちも残っている。
「じゃあ、アンジュさん、おやすみ!また話そうね~」
部屋の外に出た僕に、ルカとルナが手を振る。僕も二人に手を振り返して、部屋のドアは閉じられた。
静かに自分の部屋に戻っていくルイの後を素直についていく。彼は何も話さない。怒っているのだろうか、手をはらったこと。
「二人と…何話してたの?」
見慣れた部屋に戻ると、ルイが後ろを向いたまま質問してきた。どう言おうか迷ったけれど、二人の部屋に入った時、ルイがいなくて良かった的なことを言っていた。ルイはシスコンだし、ルナに好きな人がいると言ったら色々とめんどくさそうだと、さすがの僕も想像ができた。だから、
「…別に、何も」
そう答えた。でも振り返ったルイの顔が寂しそうに笑っていて、胸が締め付けられた。
「俺…何かしたかな」
「え……」
彼から発された声は弱弱しくて、今にも消えてしまいそうだ。こんなルイは初めて見た。
「ルイは、何もしてない…」
冷たい言い方になってしまっただろうか。自分の言い方に反省する。そして、次は優しめの声色を心がけて、続けて質問をした。
「ルイは……僕のこと、どう思っているんだ?」
「…え?」
ルカが言っていた、ルイは誰にでも平等に優しいと。僕もその誰にでもの中の一人なのだろうか、そう思うと怖かった。
僕は天使で、自分を特別な存在だと思っているけれど、ルイが自分をどう思っているか、こんなに気になってしまうなんて。
「どうって…家族……は何か違うし、改めてそう聞かれると難しいな」
寂しそうな笑みが消えて、真剣に下を向いて考えだしたルイに、安堵のため息が漏れた。
ルイのいろんな表情を見たいと思うけれど、あの顔はできれば二度と見たくない、二度とあんな顔をさせたくない。
「……とく、べつ?」
僕がつぶやいた言葉に、彼は首を傾けて目を細めて微笑んだ。
「うん、特別だよ」
ルイが僕のことを好きじゃなくても、迷いなく言われた特別という言葉に、今はこれで十分だと思った。
「なら、いい」
「え…何?何だったの?急にご機嫌になって」
「ごめん…」
「え、何が?」
素直に謝れたことが少し嬉しかった。こうやって少しずつ、自分の気持ちを正直に言えたらもっといいだろう。
本当に何のことか分からないと言った顔で、不思議そうに僕を見るルイを愛おしい、と思った。
僕は……ルイが、好きだ。




