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楽しかった!


「お兄!アンジュさん!早く~!」


「はーい」


 双子コーデを身にまとった、ルカとルナが可愛らしくこちらに手を振っている。それにルイが甘えた声を出しながら近づいていくのを、ため息交じりに見つめる。

 後ろに見えるのは、近所にある大きなショッピングモールらしい。

 というのも、この前のリベンジをすると言って、ルイが僕に提案を持ち掛けてきた。それは、昼まで寝ていてもいいけれど、起きたら家を出てルカとルナをショッピングモールに連れて行きたい、というものだった。僕もあの日のことを少しは反省していたので、まあいいだろうと返事をした。

 ルイにはずっとお世話になっている。ルイの家族にも、だ。だからまぁ、いいだろう。


「アンジュ!」


 ルイが僕に手招きしている。ルイは普段から表情が豊かな方ではないけれど、家族と過ごしている彼は楽しそうな雰囲気を纏っていて、それは僕にも伝わってくる。それに面倒見がいいし、優しい。


「アンジュさん、今日はありがとね!」


 ルイとルナが前で歩いているのを見ながら、ルカが僕に話しかける。


「ああ、うん。…ルカは元気だね」


「え………アンジュさん、私とルナ見分けられるの?」


「もちろん、だって全然違うじゃん」


 ルカとルナは双子だが、性格も髪型も違う。最初に会った時はそっくりだと思っていた顔も、すぐに見分けられるようになった。これも僕の才能だろう。


「あ、はは。嬉しい」


 ルカは俯いて照れているみたいだ。


「それにしても、ルイは本当にシスコンだな」


 妹が好きすぎることをシスコンというらしい。ルイの家ではよく飛び交う言葉なので自然と覚えた。今も、ルナと話しながらデレデレしている。僕の時はそんな顔、したことないくせに…。


(何考えてるんだ、僕)


 自分で自分の考えたことに恥ずかしくなる。でも僕のシスコンという言葉に、ルカの様子が変わった。


「うん。……でもお兄がこんな感じになったのは、私たちのせいでもあるんだ」


「…?どういうこと?」


「やっぱり、話してないよね」


「なにか……あったのか?」


 これを聞いてもいいのか、戸惑いもあった。けれど、どうしても気になってしまった。

 ルイのこと、まだちゃんと知らない。僕はルイのほんの一部分しか見れていないと思う。


「……私とルナが小学一年生の時、二人で買い物に行こうとしたの。その日はお母さんもお父さんも仕事でいなくて、でもお兄の誕生日だったから何かお祝いしたくて。お兄がトイレに行った時に、少ないお小遣いを握りしめて家を飛び出した。もちろんすぐに迷子になっちゃって、そこら中を歩き回ってたら、いつもお兄と遊んでる公園にたどり着いた。そこからの家の帰り方も分からなかった私たちは、ブランコに並んで座りながら泣いて、泣いて……そんなときにね、お兄が現れた」


(公園……)


 数日前の朝、ルイと散歩した時に訪れた場所だろう。思い出の場所のように思えたのはこの出来事があったからなのか。


「お兄、汗だくになって私たちを探してくれて。すっごいかっこよかったし、安心した。多分そのことに責任を感じてて、妹たちは俺が守らないとって思ってるから、必要以上に過保護になってるんだろうな。まぁその前から可愛がってはくれてたけどね(笑)」


 その後三人で家に帰ったら、急いで帰宅していた母と父が待っていて、ルイ達を見るなり泣き出してしまったらしい。そして家族全員で大泣きした一日になったという。


「せっかくの誕生日で、お父さんもお母さんも急いで帰ってきてくれたのに、私たちのせいでこんなことになっちゃって……反省してる、今も。でもお兄は、私たちの前ではいい思い出だって言ってくれた(笑)。変な人だよね」


「ルイはいつも変だ。……でもそんなルイだから、いい」


「ふふ、うん(笑)。私たちにとっても自慢の兄だよ。………だから、もし二人が……」


「…?」


 そこでルカの言葉は止まった。顔を上げて僕の方を見るので、何かと首を傾げる。


「ううん!何でもない!それにしてもアンジュさんって本当に綺麗な顔してるよね~!」


 あからさまに話をそらしたのが分かったけれど、それ以上深くは追及しなかった。

 そのままルカはルナのもとへ走り、後ろから抱き着くと、ルカと入れ替わりで僕のもとへルイがやってきた。


「ルカと、何話してたの?」


 ルイが優しい顔で尋ねてくる。


「別に…なんでも」


 ルカから聞いた話を勝手に言うのは、それこそ失礼な気がして黙っておくことにした。でも見上げた時のルイの顔がどこか寂しそうで、胸が締め付けられた。


「と、いうか別に無理して僕の所に来なくても、二人の所にいればいいだろ。今日だって、二人のために連れてきたんだから」


 まただ。いつもこんな可愛くない言い方しかできない。ルイの気遣いを素直に喜ぶことができない。本当はルイが自分の所に来てくれるのが嬉しいくせに、そうやって正直に言えればいいのに。


(本当、可愛くない…)


「え?あーまぁそりゃこの前のリベンジとは言ったけど…。俺は、こうやってアンジュとお出かけするの、楽しみにしてたんだよ」


「は?」


「今日誘ったのは、ルカとルナに楽しんでもらいたいのはもちろんだけど、一番はアンジュが喜んでるところを見たかったから。…アンジュは違う?」


「っ……」


(僕も、楽しみにしていた。ルイとこんな風に出かけることを)


 そう声に出そうとするのに、喉元で言葉が詰まる。


「別に、僕は…」


 無駄に高いプライドが、自分の本当の言葉の邪魔をする。こんな可愛くない性格、人に好かれることはないと分かっている。でも、どうしようもできない。


「じゃあ、今日は俺の腕の見せ所だね」


「え?」


「アンジュを楽しませられるように、頑張る!」


「え、ちょ…」


 僕の返事も聞かずに手を取ったルイは、前を歩くルカとルナのもとへ駆けていった。



「どう?」


「アンジュさん似合う~!」


「お兄ちゃん、意外とセンスあるね」


「意外とってなんだ⁉」


 とある洋服屋で試着室から出た僕を、ルカとルナが大げさなくらいに褒めてくれる。ルイの選んだ服は、シンプルだけれど自然と身体に馴染んでいくような感じだった。


「僕はどんな服を着ても似合ってしまうからな!」


「そうだな」


 冗談のつもりで言ったのに、ルイが僕を見て微笑むから調子が狂う。

 思わず試着室のカーテンを閉めていた。赤くなった自分の顔をルイに見られるのは恥ずかしかった。



「……ここは?」


「アンジュさん、来たことない?ゲームセンターだよ‼」


「すごく、楽しい」


「アンジュ、行こう」


 洋服屋の後も、様々なお店を周った。

 ほとんど僕がおもてなしを受けていて、最初は戸惑っていたけれど、ルカもルナも褒め上手ですっかり僕の気分は上がっていた。それに、買い物しなくても、お店を見ているだけでも楽しいと分かった。

 そして、あっという間に時間が過ぎていき、少し歩き疲れた頃にこの場所に到着した。

 中からはピカピカと光る機械と、その機械から聞こえる電子的な音、人々の騒がしい声が聞こえてきた。大分うるさい場所だなという印象を持ちながらも、ルイ達に連れられ中に入っていく。ルカとルナは早々にどこかへ行ってしまい、ルイと二人になる。場所が場所だから緊張とかはしないけれど、何をすればいいのかはよく分からなかった。


「アンジュ、何か気になるものある?」


「……」


 辺りを見回して、視界に入ったのは透明な大きい箱の中にぬいぐるみが入った機械だった。中のぬいぐるみがどこかルイに似ている気がして、ぼーっと見つめてしまう。


「これ?クレーンゲームだよ」


「くれーん…げーむ……」


「欲しい?」


 ルイがぬいぐるみを指さして聞いてくるので、慌てて首を横に振った。何となく、ダメな気がした。


「ふふ、分かった」


 そう言った言葉とは裏腹に財布を取り出したルイは、小銭を機械に入れてボタンを押し始めた。


「えっ…」


 ルイの隣に並んで、その箱の中を見ていると、設置されてあるアームがルイのボタンの長さに合わせて、横に動いていく。


「わ……」


 そして、違うボタンを押すと、今度はアームが後ろに下がっていく。ある場所で止まるとアームが下に降りていき、ちょうど真下にあったぬいぐるみを掴んだ。


「あっ!」


 思わず声が漏れた。嬉しくてルイの方を見るけれど、ルイは口をへの字にしてぬいぐるみを見つめている。するとアームが上まで上がると同時に、再びぬいぐるみが下に落ちてしまった。


「取れそうに見えるけど、簡単には取れないんだ(笑)」


 ルイが残念そうに笑った。


「俺、しばらくここにいるから、つまらなかったらアンジュは他の所見てきていいよ。はぐれたらだめだから、ここの中からは出ないでね」


(そんなに…このぬいぐるみが欲しいのか)


 ルイは財布を取り出して、クレーンゲームと向き合った。アンジュは何となく、この場から離れるのは嫌だと思った。ルイの隣に並んだまま、ぬいぐるみを見つめる。



 どれくらい時間が経ったのだろう。いや、時間的に言えばそんなには経っていないと思う。ルイは何度かクレーンゲームを離れては、小銭を大量に持ってきていた。

 アームはぬいぐるみを何度も掴んだけれど、上に上がると同時に落ちてしまう。掴めたとしても、取れるとは限らないということだ。

 僕はというと、クレーンゲームとルイの横顔を交互に眺めていた。同じことの繰り返しだけれど、不思議と飽きなかったし、それは相手がルイだからだ。


「あっ!」


 そんなことを考えながらルイを見ていると、彼が声を漏らした。

 何事かとクレーンゲームの方に視線をやると、掴んだぬいぐるみが上がっても落ちずにアームが動き始めた。そのままアームが元の位置に戻ると、ぬいぐるみを落として機械からは電子的な歓声が上がった。


「と、取れたー!」


 ルイが嬉しそうに僕を見たので、僕も胸がきゅっとなる。ルイの笑顔はずっと見ていたいくらい綺麗だ。


「良かったな」


「うん。じゃあ、はい」


 落ちたぬいぐるみを取り出したルイは、僕に差し出してきた。


「へ…?」


「プレゼント」


「いや、いやいや。それはルイが欲しくて取ったんだろ?」


「え?アンジュのために取ったんだけど…」


「…?」


「今日、結局何も買えなかったからこれくらいはって思って。アンジュが欲しがってたし…」


(欲しかった、のか…?)


 確かにルイに似ているなと思ってはいたけれど。

 押し付けられたぬいぐるみを見つめるが、やっぱりどこかルイに似ている気がする。動物のぬいぐるみだけれど、優しそうな表情が特に。

 それなりに大きいそれを、手のひらでギュッと力を入れると、形を変えて変な表情になった。


「あ……ありが、とう」


「うん」


 自然と感謝の言葉を口に出していた。その様子にルイは嬉しそうに頷いた。


「お兄~アンジュさん~そろそろ帰ろ~」


 奥の方から姿を見せたルカとルナは、僕が抱えていたぬいぐるみに気づくと、にやにやしていた。


「?」


「お兄、クレーンゲーム苦手なのに、頑張ったんだね~」


「ばっ!言うなよ!」


 ルカの言葉にルイが顔を赤くする。苦手なのに、頑張って取ってくれたという事実に口角が上がる。


(ルイが、僕のために…)


「今日は…悪くない一日だった」


 さっきは自然と感謝できていたのに、いざ意識してみるとやっぱり可愛くない言葉が飛び出す。それでも、三人は嫌な顔せずに笑ってくれた。



 外はすっかり薄暗くなり、四人仲良く家に帰った。

 家に着く直前、僕はルイの服の袖をつかんで引き止め、邪魔なプライドを捨てて、こう言った。


「たっ楽しかった!今日……」


 恥ずかしくて、最後は自信なさげに小さくなってしまったけれど、ちゃんと伝えることができた。

 ルイは少し驚いたような表情をしていたけれど、すぐにいつもの笑顔に戻り、


「知ってる!」


 とだけ叫んで、家に入っていった。その時のルイの笑顔が、頭に焼き付いて離れなかった。

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