…好きだよ、アルノ
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家のドアを開ける。家の中は静まり返っていた。多分出かけている、ルイ以外は。
僕は静かにドアを閉めると、そーっと靴を脱いで玄関を上がった。
「ただいま…」
小さな小さな声。発されているのかどうかも怪しい声量で、僕は家の中に入っていった。
堂々としていればいいのに、なぜか身が縮こまる。
ルイと会うのが怖い。
でもカヤと話したことを思い出し、必死に自分を鼓舞する。
階段を静かに上がっていく。
途中まで上りきったところで、上の方で勢いよく扉が開かれる音がした。
「アルノ!」
「ルイ……」
階段を上った先、ゴールにルイが現れた。
ああ、あれだけ怖かったのに、ルイの顔を見た瞬間全てどうでもよくなってしまった。
やっぱり好きだ。
僕が階段を上り終えると、僕を見下ろすルイと目が合った。
目元が赤く腫れており、とても憔悴しきった顔をしている。
ルイは僕の顔を無言でしっかりと見た後、手首を掴んで部屋まで連れて行かれた。
部屋に入って扉を閉めると、すぐに僕を抱きしめる。
「おかえり、アルノ」
しっかりと呼ばれたその名前。嬉しくも、少しだけ寂しくもなった。
アルノ、という名前は母を思い出すから。
今更そんなことは言えないけれど。
「ル…イ……」
僕は彼の腕の中で籠った声を出す。
ルイが腕の力を緩めたので、僕たちは間近で目線を合わせる。
「ごめん…僕、ひどいこと言って…」
「いい。いいんだよ、アルノがいるなら」
(それは違う)
どうしてか僕はそう思っていた。ルイのセリフには聞き覚えがある。前にも同じことを僕が言ったような。そして「それは違う」と言われた。
おかしい。僕は記憶を思い出したし、ルイとの面識もないはず。母に…言ったのか? そんな思い出はないが。
「アルノ…?」
考え込んだ僕に、ルイの声が上から降り注ぐ。
彼の目が僕を愛おしく見つめている。
「僕…僕は、っ………」
中々その言葉が出ない。言いたいのに、喉に何かがつっかえていて言葉にできないみたいだ。
ルイは微笑んだまま、僕を見守っている。
「っ……っ……」
僕は声にならない声を出し、口をパクパクさせながら、必死にそれを言おうとした。
「っ………好き」
何度かそれを繰り返し、ようやく出たその言葉はとても小さかった。弱弱しくて、それでも大事にしてきたもの。
彼がとても嬉しそうに、静かに微笑んだ。色々な感情がごちゃまぜになったみたいな表情で、僕を見ている。
「好き、ルイが好き。………でも、ルイが見ているのは…僕じゃ、ない」
実際に言葉にすると、想像の何倍も胸が張り裂けそうになった。
カヤにルイを信じろと言われたのに、僕はまたこんなことを言って。
どうしようもない悩みを言って困らせる。
「……違う」
でもルイは、きっぱりとそう言った。僕は顔を上げて彼を見る。
苦しそうに歪んだ顔、今にも泣きそうな目で、僕を睨んできた。
一瞬怯んだけれど、そのまま彼を見つめる。
「もっと……もっと欲張って! もっと、俺を求めてよ! ………あげるから、アルノが欲しいもの全部! …あげるから………」
僕の肩を掴んで、ポロポロと涙をこぼしながらそう言うルイ。
僕の心臓がきゅっと掴まれた。これは、愛おしいという感情。
「…………ルイが、………僕だけを見て欲しい」
「見てる。…いつも君を見てるよ」
「………」
僕の目から自然と流れたものを、ゆっくりと指で拭いながら…彼はそう言った。
「綺麗な瞳、ずっと君に目を奪われてる。…好きだよ、アルノ」
その時、僕は初めて声を上げて泣いた。いつもみたいな、声を押し殺してする泣き方じゃなく。
小さな子供のように泣きじゃくった。声も気にせずに。
今までの自分を肯定されたような、出来損ないな自分を否定してくれた気がした。
ルイは静かに僕を腕の中へ引き寄せ、それを受け入れてくれた。
それが嬉しくて、暖かくて、涙が溢れて止まらなかった。




