俺さ、好きな人がいるんだけど
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「あ、アンジュ」
僕が家を出て、ふらふらと歩いていたら、その名前を呼ばれた。
「………」
ゆっくりと顔を上げると、見覚えのある顔と目が合った。
それは先日家に招待した、ルイの友達、カヤだった。
「あー俺のこと、覚えてる?」
僕の様子に、カヤは頭を搔きながらそう聞いた。
「カ、ヤ。ルイの、友達…」
絞り出すような声で、そう言うと、
「良かったー覚えてくれてて。……な、ちょっと話さない?」
カヤはほっと胸を撫でおろし、近くにある公園を指さした。
「…アンジュ、ルイと何かあった?」
ベンチに横並びに座った僕とカヤ。すぐに彼がそう聞いてきた。
「………アンジュじゃ、ない」
僕は小さな声で否定する。その名前を、今は聞きたくなかった。
「ん?」
「僕、アルノって言う名前」
力なくそう言うと、
「………そう。…アルノ、ルイと何かあった?」
彼は思ったよりあっさりと、僕の本当の名前を呼び直した。
「…………」
カヤの質問に答えられずにいると、
「俺さ、好きな人がいるんだけど」
突然そう切り出してきた。
その言葉には既視感があった。
そうだ、ルナもそうやって話を切り出していた。そして、彼女の想い人が今僕の目の前にいる。
もしかして、カヤの想い人も…?
「そいつさ、本当に優しくて」
でも彼の表情を見て、僕の予想は違うと思った。何となく、そんな気がした。
「……そいつには好きな子がいるんだよ」
やっぱり、こう言うってことはその相手はルナではない。ルカも好きな人はいないらしいし、そうなってくると…。いや、僕の知っている人とは限らない。
「…それで?」
僕が反応を返すと、カヤは少しだけ嬉しそうにして、話続けた。
「好きで好きでたまらないって感じで、その子のためなら何でもする…みたいな。本当に大切にしてる、その子を」
カヤの話は輪郭がぼやけていて、はっきりしない。誰のことを言っているのか分からずに、でも僕は何となくルイを思い出した。
ルイも、そんな感じだ。
「カヤは…嫌じゃないの?」
「うん。俺は、そいつが幸せならいいよ」
彼は即答した。
僕が同じように言った時、ルカに嘘だと言われたけれど、カヤが…嘘をついているようには見えなかった。純粋に、本当に、心の底からそう思っているのだと伝わってきて、胸が苦しくなった。
「俺はさ、好き…とかいう前に、人として尊敬してるんだ。………誰にでも優しくて、その優しさが本物で偽善じゃない、そいつのことを」
「………」
「隣にいるのが心地いいし、ずっと仲良くしてたいよ。だから、そいつには笑っていてもらわなきゃいけないのだ」
カヤが腰に手を当て、ドヤ顔でそう言った。
彼がそう想えるようになるまで、どれだけの葛藤があったのだろう。僕には予想もつかない。でもその結論に至ったカヤを、僕は尊敬した。
以前会った時は、ただのお調子者だと思っていたのに、こんな一面があったなんて。
「僕は……そんな風に思えない」
彼が打ち明けてくれたことによって、僕も口が緩んだ。悩みをポロっとこぼしてしまった。
「カヤみたいに、好きな人の幸せを素直に願えないよ」
「いいんだよ、アルノはそれで」
「…………でも、ルイが見てるのは僕じゃない」
「………」
僕が顔を上げると、カヤはぽかんと口を開けた。本当に不思議そうな顔をするから、僕も拍子抜けする。
今の発言におかしなところがあったかと思い返し、僕は重大な事実を口走っていたことに気づいた。
「あっ! あのっ……僕その、ルイ……のこと、が……」
顔を真っ赤にしながら、しどろもどろにそう言うと、カヤはぽかんと開けていた口を閉じ、
「あーうん、それは……知ってる」
と言った。知ってるってどうしてだ?
カヤとは先日一回会っただけだ。それほどに僕が分かりやすかったということだろうか。
というか、それでなければ、カヤが不思議そうに僕を見た理由が分からない。
「………ねえ、カヤ」
「ん……?」
僕の言葉に、カヤが少しだけ微笑む。
これをカヤに聞いて何かが変わるのか、ただ僕が傷つくだけかもしれない。それでも、知りたい。僕は膝の上で握った拳に力を入れ、覚悟を決めてカヤに聞いた。
「アンジュ…さん……って、どんな人?」
ルイがあれだけ想っている人は、どんな人だったのだろうか。気になってしまった。
「…………ぷっ」
カヤは再び口を開け固まった後で、控えめに吹き出した。顔を後ろに向け、肩を震わす。どこに笑う要素があったんだ。
「いやぁごめんごめん」
少しの間笑っていた彼だったが、すぐに持ち直して僕と向き直った。
「アンジュのことだろ? ………そうだなぁ、不器用な奴…だったかな」
「不器用…?」
「いつも強がっててさ、でも本当は誰よりも繊細で脆いんだ。すぐに壊れちゃいそうな感じ」
「………」
「優しくて、ルイが大好きな子だったよ」
「…ルイが好きなこと以外、僕とは似てないね」
「いや、そっくりだろ!」
僕がそう呟くと、すぐにカヤがツッコんできた。あまりの反応の速さに、思わずぽかんとしてしまう。
カヤも数秒固まった後、
「ああ、いや…ごめん」
と謝ってきた。
「……アルノはさ、ルイのことが信じられない?」
ルイのことが信じられない、決してそういうわけじゃない。信じたいとは思っている。それでも、僕の心の隅の弱い部分がそれを否定してくるのだ。
「…………」
「俺の知ってるルイは、人を傷つける嘘とかついたりしない」
カヤはきっぱりとそう言いきった。
「だからさ、何かあるんだよ、話せない事情が」
そんなこと、考えたことなかった。
あの時、カッとなってルイにひどいことを言って、嘘つき呼ばわりして。だって傷ついたから、裏切られたと思ったから。
でも冷静になってみれば、確かにルイがそんなひどいことをする人には思えない。意味のない嘘をついたりしない。
僕は彼の話もちゃんと聞かずに一方的に拒否したんだ。どれだけ彼が傷ついたのかも知らずに。
「ルイと、話さないと」
僕はカヤを見て、そう言った。彼は安堵の笑みをもらした。
正直、ルイと話すのは怖い。
でもいつまでも逃げている自分の方が、嫌いになってしまいそうだ。
「カヤ、ありがとう」
「いーえ。ちゃんと話すんだぞ」
「うん」
最後に僕を見送ったカヤは、どんな顔をしていたのだろう。
いつも僕は目の前のことしか考えることができない。




