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ごめんなさい。

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 アンジュがルカとルナに連れられて、階段を上っていく背中を見つめて、俺も階段を上り始めた。


 自分の部屋に入って、扉を閉める。

 一度深呼吸をすると、机に向かってゆっくりと近づいていく。


 その上に置いてあるもの、分厚い本の下敷きになっている…薄く汚れたノート。

 見るなら今だと思った。


 俺は手を伸ばしてノートを掴むと、下から引っ張り出して表紙を眺めた。

 もちろん何も書かれていない。

 震える指で、ノートの間に差し込んで開いた。






『〇月〇日

 きょうからにっきをつける。

 おとうさんがおしえてくれた。いちにちにあったことをかくと、あとでみれるんだって。

 おとうさんにはあんまりあえてないけど、いつかあえるかな。    あるの』





 そこには、拙い平仮名で大きく文字が書かれてあった。

 罫線を無視して書かれた文字。

 俺はその文字を指でなぞった。それだけで何だか泣きたくなった。

 最後に書かれた「あるの」とは、アンジュの名前だろうか。

 目を閉じて、気持ちを落ち着かせ、次のページをめくる。






『まいにちかこうとおもったけど、おなかがなるとちからがでなくてかけないや。

 おかあさん、おしごとがんばっててえらいね。ぼくもがんばらないと。    あるの』






『そとからこえがきこえてくる。おかあさんにおそとはだめっていわれてるけど、まどからこっそりのぞいてみた。のぞくだけ、でてないよ。

 そしたら、ちいさいことおかあさんくらいのひとがてをつないであるいてた。たのしそう。

 ぼくも、おかあさんとあそびたいな。おかあさん、だいすき。    あるの』






『おかあさん、あんまりかえってこれないみたい。

 おなかすくけどさびしいけど、おかあさんがんばってるからいっちゃだめ。

 きょうはいえにあるおもちゃであそんだ、たのしかった。   あるの』






『おかあさん、おこってた。ごめんなさい。

 ぼくはできそこないなんだって。できそこないってなんだろう。    あるの』






『きょうは、おにぎりをたべた。おいしかった!     あるの』






『おかあさん、またおこってた。ごめんなさい。

 できそこないでごめんなさい。

 でも、いえをでるときはいつも、あるのだいすきだよっていって、ぎゅってしてくれる。

 ぼくをあいしているのはおかあさんだけなんだって。ぼくもおかあさん、だいすき。       あるの』






『どんどんおかあさんがこないひが、ながくなってる。

 おかあさん、おこってるひがおおくてこわいから、ちょっとだけどきどきしちゃう。

 ごめんね、だいすきだよ。   あるの』






『きょうは、えほんをよんでたらどうしてもおほしさまがみたくなっちゃって。

 おかあさんにないしょで、おそとにでた。

 おほしさま、きらきらしててきれいだった。   あるの』






 日記にはずらりと、アンジュから母への想いがつづられていた。ほとんど同じような内容だ。

 健気に母を待つアンジュの姿を想像すると、どうしようもない気持ちになった。

 たった一人で、静かな部屋で、帰りを待っているアンジュ。

 ここまででも、大分母がおかしいということが伝わる。

 しかしページをめくると、がらりと様子が変わったようだった。






『おかあさんをおこらせた。ぼくがうそをついたから。

 とてもおこってて、そのままでていっちゃいそうだったから、ふくをつかんであやまった。

 でもいっちゃった。またきたときにあやまらないと。   あるの』






『おかあさん、こなかった。ごめんなさい。    あるの』






『おかあさん、こなかった。ごめんなさい。    あるの』






『おかあさん、こなかった。

 まどしめたよ。もうおそとでないし、うそもつかないよ。

 できそこないでごめんなさい。こんなぼくをすきとか、かわいいっていってくれるのは、おかあさんしかいないよ。ごめんなさい。     あるの』






『おかあさん、こなかった。おかあさんがもってきてくれたごはんなくなる。   あるの』






『おかあさん、こなかった。おこってるかな、いそがしいのかな。ごめんなさい。   あるの』






『おかあさん、こなかった。ごはんもうないよ。   あるの』






『おかあさん、こなかった。おなかすいたよ、さびしいよ。

 またぼくのことぎゅってしてよ。    あるの』






『おかあさん、こなかった。

 もうこないのかな。ぼくのこときらいになった?

 ごめんなさい、だいすきだよ。     あるの』






『おかあさん、こない。   あるの』






『おかあさん、こない。   あるの』






『おかあさん、こない。   あるの』






『おかあさん、ごめんなさい。   あるの』






『ごめんなさい。』






『ごめんなさい。』






『ごめんなさい。』






『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』






 一ページにずらりと並ばれた、ごめんなさいの文字。そして






『おかあさん、おいていかないで、』






 次のページにはポツリと小さな字で、それだけが書かれていた。

 その次のページには、母と思われる人とアンジュが手を繋いでいる絵が描かれていた。絵の中の二人は、とても幸せそうに笑っている。


 全てを読み終えた時、俺の頬に一粒の涙がスーッと流れていた。

 そして、それは一気に押し寄せてくる波のように俺の瞳から次々とあふれ出す。

 ノートの文字が歪んでいく。紙に涙が滲んでいくが、どうしても止まらない。

 女神から軽く聞いてはいたものの、それ以上に俺の心臓はつぶれたように苦しかった。


 どうして、アンジュがこんな目に遭わなければいけなかったんだろう。

 こんなに純粋で、健気で、優しくて、かわいい子をどうして、彼の母親は放っておけたんだ。


「っ————」


 俺は嗚咽を漏らしながら、ただひたすら涙を流した。


 悔しさとか、怒りとか、愛しさとかそういうもの全部ひっくるめて、全て涙に変え、声を押し殺して泣き続けた。






 そうして涙を出し切った俺は、すっきりとした頭で考えた。

 俺がアンジュにできること。

 今、アンジュにしてあげるべきことが、何か分かった。




 覚悟を決めた俺は、まだ涙が乾ききっていない目で、自分の部屋を出ると、隣の部屋へと向かった。



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