朝も、悪くない…な
4
(本当にダメな子だな、お前がいて何になる……お前なんて、いてもいなくても変わらない)
「はっ!…………はっはぁ」
「……アンジュ………?」
まだ覚めきっていない瞼をこすりながら上半身を起こす。
珍しく俺よりも早くアンジュが飛び起きたので、つられて目を覚ましてしまった。アンジュは、俺の手の上に自分の手を重ねながらこちらを見ている。
何かに怯えたような、恐怖に満ちた顔をしている気がした。そしてその顔は青ざめ、息が上がっている。
「な、何でもない」
アンジュは取り繕うように、俺とは目を合わさずに返事をした。ベッド近くの時計を見ると、まだ朝の五時だった。
こんな時間に起きるなんて、それにさっきのアンジュの表情、明らかに何かあった顔だった。でも、それを俺が深く聞ける立場だろうか。まだ出会って間もない天使の心に、ずけずけと入り込んでいくのは違う気がして何も言えなかった。
「…今日は、早起きだな」
俺は何もなかったようにそう言ってアンジュの頭を撫でた。アンジュの顔がほっとしたように見えた。
「ま、まぁな。たまには早起きするのも悪くないな!」
「じゃあ、早く起きたついでにお散歩でもしに行く?」
「えっ?」
「朝のうちなら涼しいだろから、どうかな?」
「行くっ‼」
二度寝するから行かないと言われる覚悟で提案したというのに、アンジュはあっさりと、しかも食い気味に賛成した。
二人で着替えて部屋を出ると、さすがにまだ家は静かだった。なるべく足音を立てずに、慎重に外に出る。アンジュは必死に忍び足をしていて可愛かった。
外に出ると、すでに日は昇っていたがそれでも辺りは少し薄暗い。
「んん!涼しい!」
「しー(笑)行こ」
家を出た途端、解放されたようにアンジュが声を出したので、慌てて指で静かにするように促す。そして俺は、「行こ」と言った時、無意識に右手を差し出していた。
アンジュも子供じゃないのに、こんなことをしたらきっと「子ども扱いするな!」と怒るだろう。
行き場のない差し出した手をどうしようかと考えていると、俺の右手が温かいアンジュの手に包まれた。
「えっ?」
「ルイが迷子になるかもしれないから、握っておいてやる」
見下ろしたアンジュの耳は赤く染まっていて、俺は胸の辺りが何かに引っ張られるような感覚がした。
右手からアンジュの熱が伝わってくる。当たり前だけれど、生きているんだなと思った。
時々、アンジュは本当に存在しているのか疑ってしまう瞬間がある。それは美しい容姿のせいか、アンジュが時折見せる表情のせいか、分からないけれど。
「ルイ……?」
考え事をしていたら、アンジュに顔を覗き込まれた。
「あ、うん?何?」
「……別に…」
何か話していたのかと聞き返すと、曖昧な返答だった。それから俺たちは目的地もなくふらふらと、ただ歩いた。お互いの片手を不自由にしながら。
そうして歩いていると、一つの公園に行きついた。
小さい頃、よく妹達と遊びに来ていた公園だ。滑り台と砂場とブランコがある、シンプルな公園。昔は広いと思っていたが、今では小さく見えるのは俺が成長したからだろうか。
「なんだ、これ?」
アンジュが隣で不思議そうに公園を見つめている。
「公園だよ、遊ぶ場所。初めて?」
「ああ、いや、何となく覚えているような……」
(覚えている……?)
アンジュの言い方に少し引っ掛かりつつも、俺たちは公園に入った。
そして、アンジュが一番興味を持ったブランコに、二人で腰を下ろした。前後に揺らすと、涼しい風が顔を撫でる。その空気を鼻いっぱいに吸い込むと、朝の匂いがした。
「朝、いいよね」
ポツリとそうこぼすと、アンジュがこちらを見た。俺はアンジュの方は向かずに、そのまま言葉を続けた。
「朝の、雰囲気と匂いが好きなんだ」
「匂い…?何もしないが」
ブランコの持ち手をギュッと握って、少し顔を突き出したアンジュが、大きく息を吸って匂いを嗅いでいる。
「ふふふ、空気の匂いだよ。胸いっぱいに吸い込むと、気持ちも満たされる感じがして……好きなんだ。それに朝は人も少なくて、自分がこの世界に一人きりになったみたいに思える。それがなんか、好き」
「へえ……」
今まで誰にも言ったことがなかった。何だか気恥ずかしくて、言えなかったことを、思わず口にしていた。やっぱり天使にはそういう効果があるんだろうか。
「……………」
その後、アンジュは黙り込んでしまった。何かを考えている様子だったので、しばらく見守っていると、突然ブランコから立ち上がり「帰ろう。」と言って手を差し出してきた。
帰り道もアンジュは何を考えているか分からない顔で、ただ前を見つめて歩いていた。ただアンジュの温もりのおかげで俺の心は安らいだ。
家に近づくと、アンジュは立ち止まり俺を見ずにこう言った。
「確かに朝も、悪くない…な」
いつも通りの、上から目線の口調と似合わない声色で言ったアンジュは、どんな顔をしていたのだろうか。その口元が笑っているようにも見えたし、寂しそうにも見えた。




