純愛だな
39
アンジュが目覚めてから、数か月。
記憶は戻らないまま。でも彼の面影を感じられる時もところどころあって、嬉しく思ったり。
いや、アンジュはアンジュのままだから、何も変わらないと言えばそうなのだが。
それに生きてくれさえすれば、万々歳だ。
「ルイ……?」
彼の声が聞こえて、隣に視線をやると、アンジュが丸い瞳で俺を見つめていた。
眠り続けていた頃に比べて、少し大きくなった気がする。それに、肉付きも仮の器の時くらいに戻ってきている。まだ細すぎるくらいだけど。
彼の身体が大きくなったのは、人間の器に戻ったから? 再び成長が始まったのだろうか。
疑問が湧いてきても、答えてくれる人はもういない。不可思議なこの事態と、俺が向き合っていかなきゃいけないんだ。
「何でもないよ」
そう言って、彼の頭を撫でると、嬉しそうに目をつむった。
ちなみに、ミュエルから貰ったアンジュの日記はまだ読めていない。
読んだら、何かが変わってしまう気がして、怖くて開けられずにいた。
その代わり、もう一つの魔導書はしっかりと読み込んでいる。そのおかげか、魔力も上手くコントロールできるようになってきた。
もう、俺とアンジュを脅かす存在はいないだろうけれど、魔力がコントロールできたことによって、自分の力に実感が湧いた気がする。
俺の記憶も、少しずつだが戻ってきている。どれも日常の思い出ばかりで、徐々に父上と母上の輪郭もはっきりしてきた。二人に会えることはもうないが、俺の中で生き続ける。だから、忘れたくないし、思い出したい。
大切な存在……
「あ、カヤ」
「?」
また彼のことを忘れていた。あんなに力になってくれているのに。
俺のつぶやきに、アンジュが首を傾げる。
そうだ、アンジュはカヤのことを忘れているんだ。
「カヤっていう…俺の親友がいるんだけど、いつも俺のことを励ましてくれてて……お礼しなきゃなって」
「そっか……」
俺の説明に、彼は分かっていなさそうな顔で相槌を打った。
「今度家に招待しようと思うんだけど、アンジュも会わない?」
アンジュは、カヤと仲が良かったとは思う。
カヤに嫉妬したり、どこか敵対心というか嫌悪感を抱いているところもあったけれど、それでもなんだかんだ心を開いているように見えた。
「ルイが…言うなら」
そうして俺は、数日後にカヤを家に招待することにした。
「お邪魔しまーす!」
相変わらず元気いっぱいの声が玄関中に響き渡る。
「どうぞ」
玄関でカヤを迎え、リビングに案内する。
今日、父と母は仕事で、ルカとルナは遊びに出かけた。
俺とカヤとアンジュの三人というわけだ。
カヤには事前に、アンジュのことを連絡しておいた。だから、彼の見た目や記憶に驚くことはない。
「初めまして~カヤです!」
リビングに入って早々、椅子に座っていたアンジュに大きな声で近づいていくカヤ。
アンジュは人見知りしているみたいに、戸惑っている。
「あ……」
「アンジュだよね!分かってるよ~!俺のことは聞いてる?」
沈黙をつくらせる暇なく、次々と話しかけ距離を詰めていくカヤ。
「あ…ルイの、親友って……」
アンジュは気圧されながら、小さな声でそう言った。
「やっだ、親友だと思ってくれてるんだ~」
アンジュの言葉に、カヤは振り向いて俺を見ると、腹の立つニヤニヤとした顔をしてきた。
「あーはいはい、そうですよー」
適当に返しながらも、俺はこのやりとりを少し嬉しく思った。
この感じ、久しぶりだ。最近家族以外と話すこともなく、アンジュとも落ち着いた感じで話していたから、ツッコむとかいうこと自体久しぶりすぎる。
「………」
俺の肯定に一瞬カヤが身体を固まらせたように見えたけれど、再びアンジュに質問を始めたので、多分気のせいだ。
主にカヤのマシンガントークのおかげで、夕方ごろにはアンジュも人見知りせずに話せるようになっていた。
やっぱり、カヤはすごい。
俺の部屋で三人でゲームをしていたら、いつの間にかアンジュが眠ってしまっていた。
彼を抱き上げて、ベッドに眠らせ、その寝顔を見つめる。彼は唸りながら体勢を変え、すぐに壁のある方へ顔を向けてしまった。
「良かったな」
カヤが声のトーンを落としてそう言った。俺はカヤに視線を移す。彼はこんなに小さな声で話すことができたのか。
「アンジュと一緒に居られて。……ごめん、良かったな…は違ったかも…」
彼は少し俯いてそう謝罪した。
「ううん。カヤ、ありがとう。ずっと…俺を励ましてくれて。大事な時にはいつだって、カヤが現れてくれるから、俺は道を間違えないと思ってる」
「は、恥ずかしいこと言うじゃん」
珍しくカヤが顔を赤くした。珍しく…と言ったが、カヤのこんな表情を見るのは初めてだろう。
「だって…ちゃんと感謝してるから」
俺は真っ直ぐに彼を見つめた。カヤは少し視線をずらして、またいつものように軽口をたたき始める。
「いやぁだって……あの時のルイ、マジでこの世の終わりみたいな顔してたし(笑)」
笑い声をこらえながら、そう言ってきた。
「悪かったよ」
「………アンジュの記憶…戻るんか?」
そして、再び真剣な顔に戻り、俺を見た。
「…分からない。でも、変に刺激したくない。アンジュが一番不安に思っているだろうから」
「まあ、そうだな」
俺の答えを聞いて、カヤは納得したように天井を見上げた。
「生きてくれてるだけで…嬉しいんだ。記憶が戻っても戻らなくても、アンジュはアンジュだし」
「……純愛だな」
カヤがそう言って、困ったように笑った。だから、俺も笑い返した。
俺も彼も少しずつ大人になってきている気がする。アンジュと出会う前までは、カヤとこんな深い話をする関係になるとは思っていなかった。
変な感じがする、けれど嬉しくもあった。
「………………………」




