…おいで
38
「アンジュ、散歩行かない?」
目が覚めてしばらくベッドの上でぼーっとしていたら、部屋に戻ってきたルイにそう聞かれた。
「うん」
僕はコクリと頷いて、立ち上がる。
僕が目覚めてから数か月ほどが経った。
最初は見慣れない場所、知らない人と生活することに緊張していたけれど、最近は大分慣れてきた。
それに、ここにいる人たちは皆暖かい。とても優しくしてくれるし、特にルイは僕のことを僕以上に分かっている気がする。
僕とルイはずっと家にいて、起きたらこうして散歩に行くのが日課になっていた。
ルイは雰囲気が穏やかで、優しい。あと、シスコンらしい。
そんな暖かい人たちに囲まれ、僕もどんどん心を開いていった。
「毎日同じ景色で飽きない?散歩コース変えてみる?」
ルイが隣を歩きながら気をきかせてくれている。
「ううん、この道好きだから」
「そっか」
僕がそう答えると、ほっとしたような表情になった。
ルイは優しいけど、僕の反応を伺いすぎな気もする。もっと、自分のことも考えればいいのに。
僕とルイがどういう関係なのか、それはまだ聞けずにいる。聞いてしまったら、何かが変わってしまうような気がして、言い出せない。
「特に、この公園?好きかも」
僕はちょうど視界に入ってきた公園を指さした。
公園を初めて見た時、何となく懐かしい気持ちになったのだ。僕の心の底にあるものがぽっと温まったような気がした。
「俺も、この公園好きだよ」
ルイが《好き》と言った言葉に変に身体が熱くなった。理由は分からない。彼はただ公園が好きだと言っただけなのに。
「アンジュ、眠れない?」
「………ごめん」
最近、眠れない日が続いている。
ルイによると、僕は一年眠り続けていたらしい。
その反動で眠れないのではないかと冗談っぽく笑ってみたけれど、ルイは少しだけ怒ったような顔をしてしまった。
そういえば、ルイが笑った顔を見たことがない気がする。少し口角が上がる感じの微笑みはするけれど、ちゃんとした笑顔は見ていない。
やっぱり、記憶がない僕を不安に思っているのだろうか。
彼の時折見せる寂しそうな顔は見ていられなくて、申し訳ない気持ちになった。
「アンジュが謝る必要はないよ。…おいで」
そう言って、ルイは布団をまくり上げ、僕に入るように誘った。
上半身を起こしていた僕は、促すまま布団の中に全身を入れる。暖かい。
ルイが包み込むように布団を僕の背中まで回すと、そのまま抱きしめた。
僕が謝る理由は二つある。
一つは、単純に眠れないこと。ルイに余計な心配をかけさせてしまう。
そして二つ目は、こうしてルイに抱きしめられないと、安心して眠れないということだ。毎日毎日、そうしないと碌に眠れないので、ルイに迷惑をかけている。
ただでさえ記憶がなくて迷惑をかけているのに、その上添い寝みたいなことをさせてしまって…
僕は彼に何もできていないのに。
「何か、心配事?」
俯いていた僕の頭の方から、ルイの声が降ってくる。いつもより近いルイに勝手に心臓が暴れる。
「いや……別に」
「ふふふ」
僕がそう答えると、ルイはなぜか嬉しそうに笑みをもらした。
不思議に思って少し顔を上にあげると、控えめに笑ったルイの顔と間近で目が合った。
「⁉」
初めて見た、ルイの笑った顔。
心臓がギュっと何かにつかまれたような感覚に陥った。
(何…これ)
次第に呼吸も早くなる。
顔が熱くて、ルイを見ていられなくて、恥ずかしいのに、彼の笑顔はずっと見ていたい…そう思った。
僕はルイから顔を逸らし、再び俯いたまま、自分の胸辺りをおさえて必死に呼吸を落ち着けていた。
その日、いつもとは違う意味で全く眠れなかった。




