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…おいで

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「アンジュ、散歩行かない?」


 目が覚めてしばらくベッドの上でぼーっとしていたら、部屋に戻ってきたルイにそう聞かれた。


「うん」


 僕はコクリと頷いて、立ち上がる。







 僕が目覚めてから数か月ほどが経った。


 最初は見慣れない場所、知らない人と生活することに緊張していたけれど、最近は大分慣れてきた。

 それに、ここにいる人たちは皆暖かい。とても優しくしてくれるし、特にルイは僕のことを僕以上に分かっている気がする。


 僕とルイはずっと家にいて、起きたらこうして散歩に行くのが日課になっていた。

 ルイは雰囲気が穏やかで、優しい。あと、シスコンらしい。

 そんな暖かい人たちに囲まれ、僕もどんどん心を開いていった。








「毎日同じ景色で飽きない?散歩コース変えてみる?」


 ルイが隣を歩きながら気をきかせてくれている。


「ううん、この道好きだから」


「そっか」


 僕がそう答えると、ほっとしたような表情になった。

 ルイは優しいけど、僕の反応を伺いすぎな気もする。もっと、自分のことも考えればいいのに。


 僕とルイがどういう関係なのか、それはまだ聞けずにいる。聞いてしまったら、何かが変わってしまうような気がして、言い出せない。


「特に、この公園?好きかも」


 僕はちょうど視界に入ってきた公園を指さした。

 公園を初めて見た時、何となく懐かしい気持ちになったのだ。僕の心の底にあるものがぽっと温まったような気がした。


「俺も、この公園好きだよ」


 ルイが《好き》と言った言葉に変に身体が熱くなった。理由は分からない。彼はただ公園が好きだと言っただけなのに。









「アンジュ、眠れない?」


「………ごめん」


 最近、眠れない日が続いている。

 ルイによると、僕は一年眠り続けていたらしい。

 その反動で眠れないのではないかと冗談っぽく笑ってみたけれど、ルイは少しだけ怒ったような顔をしてしまった。

 そういえば、ルイが笑った顔を見たことがない気がする。少し口角が上がる感じの微笑みはするけれど、ちゃんとした笑顔は見ていない。

 やっぱり、記憶がない僕を不安に思っているのだろうか。

 彼の時折見せる寂しそうな顔は見ていられなくて、申し訳ない気持ちになった。


「アンジュが謝る必要はないよ。…おいで」


 そう言って、ルイは布団をまくり上げ、僕に入るように誘った。

 上半身を起こしていた僕は、促すまま布団の中に全身を入れる。暖かい。

 ルイが包み込むように布団を僕の背中まで回すと、そのまま抱きしめた。


 僕が謝る理由は二つある。

 一つは、単純に眠れないこと。ルイに余計な心配をかけさせてしまう。

 そして二つ目は、こうしてルイに抱きしめられないと、安心して眠れないということだ。毎日毎日、そうしないと碌に眠れないので、ルイに迷惑をかけている。

 ただでさえ記憶がなくて迷惑をかけているのに、その上添い寝みたいなことをさせてしまって…

 僕は彼に何もできていないのに。


「何か、心配事?」


 俯いていた僕の頭の方から、ルイの声が降ってくる。いつもより近いルイに勝手に心臓が暴れる。


「いや……別に」


「ふふふ」


 僕がそう答えると、ルイはなぜか嬉しそうに笑みをもらした。

 不思議に思って少し顔を上にあげると、控えめに笑ったルイの顔と間近で目が合った。


「⁉」


 初めて見た、ルイの笑った顔。

 心臓がギュっと何かにつかまれたような感覚に陥った。


(何…これ)


 次第に呼吸も早くなる。

 顔が熱くて、ルイを見ていられなくて、恥ずかしいのに、彼の笑顔はずっと見ていたい…そう思った。


 僕はルイから顔を逸らし、再び俯いたまま、自分の胸辺りをおさえて必死に呼吸を落ち着けていた。


 その日、いつもとは違う意味で全く眠れなかった。

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