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ルイの傍にいたい。

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「め…女神さま、お呼びでしょうか」


 アンジュは俺の隣までやってくると、震える口を開いて、そう聞いた。

 緊張しているのが、俺にも伝わってくる。

 本当は今すぐに手を握ってあげたいけど、女神もいるしそういうわけにはいかない。

 今俺にできることは、ただ、見守っていることだけ。


「ああ。……実は、我はこの世を去ることにした」


「⁉」


 アンジュの目が大きく見開く。当然だ、今までずっとこの天界を仕切ってきた、天使をまとめてきた女神が、自ら去ると言ったのだから。しかもあっさりと。

 仕えてきた天使たちなら、なおさら信じられないだろう。


「……そこで提案なのだが、我がいなくなった天界を153、そなたに任せたい」


「⁉」


 今度は俺が驚く。

 どういうつもりだ? アンジュを戻すんじゃなかったのか?


「……どうして、僕に…?」


 そう思うのも無理はない。

 今まで出来損ないとして扱われてきて、名前も与えられていないアンジュに、いきなり天使の頂点に立つように言うなんて。


「分からない。……ただ、そなたの作る天界を見てみたくなったから、とでも言っておこうか」


「………」


「………」


 長い間、沈黙が流れる。

 実際にはそこまで長くなかったのかもしれない。


「それは、できません」


 そしてその沈黙を破ったのは、アンジュだった。


「………」


 女神が無言で続きを促す。


「…それは……僕がみんなに信用されていない、から。……そんな中で女神になっても、ついてきてくれるとは思えません。でも!……でもそれは、僕が出来損ないだからとかじゃなくて……僕が諦めていたから。出来損ないだからと言い訳して、みんなと関わることを、諦めてきたから…です。初めから何もしないくせに、努力していないくせに、諦めて……被害者ぶっていたんです」


(アンジュ……)


 彼の声は震えていて、涙をこらえて話しているように見えた。


「けど!……今は、今は違う。……僕を出来損ないじゃないと言ってくれたルイを信じて、僕は変わろうとしている。このままの僕じゃ…ダメ、だから。そんな風に変えてくれた彼の…ルイの傍にいたい。だから、女神になることはできません」


 アンジュは、はっきりと言いきった。

 彼がここまで強く意思を持って、意見を言ったのは初めてな気がした。

 女神も初めてだったのか、アンジュの意志を聞いて、目を見開いていた。


「…そう、か。……それが聞けて良かった」


 そして覚悟が決まったかのように呟いて、俺の方を見た。

 もう迷うことはないとでも言いたげな、そんな表情で。

 だから、俺も小さく頷き返した。






 女神は目を閉じ、呪文を唱え始めた。

 彼女の最後の仕事が、始まる。


 俺は咄嗟にアンジュの手を握った。隣にいた…彼の手を。

 確かに暖かい、その手を離さないように、力いっぱい握った。


 微かに握り返される感覚がして隣を見たが、すでにアンジュの器は消え始めていた。

 それと同時に、女神の周りに大きな光がまとわりついてくる。


 感じたことのない、大きな力。膨大な魔力を使っていることが、一目で分かった。

 女神の後ろの扉が開かれていき、中にあるアンジュの肉体が呼応するかのように、アンジュがいた場所に引き寄せられてくる。


 握っていた感覚がなくなり、仮の器の中から現れた小さな魂が、彷徨いながらアンジュの肉体へと確かに近づいていくのが分かった。






「暖かい場所で、暖かい人たちと、暖かいご飯を食べて、何を恐れることなく、たくさん眠れるように。…………今度こそ、幸せに……」







 そう言った女神の声が聞こえると同時に、俺とアンジュはまばゆい光に包まれた。

 あまりに眩しすぎて目をつむった俺が、次に目を開けた時には、そこは真っ白で何もない空間だった。俺とアンジュだけが存在している空間。


 ここが境界の彼方であると、遅れて理解した。


 隣で目をつむったままの彼が、不安定に浮いている。

 俺は手をのばし、彼の手を強く握りしめた。

 小さくて、暖かい手。












 境界の彼方で、君と手を繋いでいた。



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