一から…始めればいい
33
「……やはり、消えるつもりなんですね」
俺に殺してもらわずとも、元々女神はここを去るつもりだった。
彼女は俺が『殺せない』と言った時も、どこか分かっていたような表情だった。
「ああ、もう未練もないからな」
「………」
「…一つ、確認したいことがある。………153の魂を、この肉体に戻してもいいだろうか?」
確認、とはどういう意味だろうか。だって女神の意志は強固で、俺が否定しても関係ないといった雰囲気なのに。
「……俺が、決めることではないです。どうしてそんなことを…?」
「…危惧していることがあるのだ」
「………危惧?」
「魂はもう長いこと仮の器にいる。それをこの肉体へと移すのは、かなりのエネルギーを要するということ」
「………」
「我の魔力を使って戻すわけだから、失敗ということは起こり得ない。ただ、膨大なエネルギー故に…移行する時、153の魂全てのエネルギーを使いかねない」
「………」
「他の機能が停止する可能性が高いということだ」
「………」
「記憶が…セーブされる、と思われる」
「!」
記憶がセーブ……つまり、アンジュの記憶が失われるということだ。
「……だがこれは一時的なもので、153が再び目覚めてから時間が経てば、もとに戻る可能性も高い」
「高い…ということは、」
「ああ。戻らない可能性も少なからずある、ということになる」
なんて、残酷なんだろう。神様直々にこんな試練を与えられるなど…
それでも…
「だから、確認した。…もしそれが無理だと言うのなら、153は今まで通り、」
「いえ、お願いします」
俺の答えは決まっていた。
アンジュを…戻してあげたい。
「…いいのか?」
「また、一から…始めればいい」
アンジュがこのまま天使であり続けること、魂がこのまま仮の器にあり続けること、そのままにするのは、何となく嫌な予感がしたのだ。
どうしてかは分からないけれど、俺の直感がアンジュを戻すことに賛成していた。
「……分かった」
女神はそう言うと、ゆっくりと歩き出し、アンジュの肉体が置いてある部屋から、元いた部屋へと戻っていった。
俺もその後ろについていく。
先ほどのように、女神は呪文で扉を閉めると、
「ミュエラ、ミュエラいるか」
そう呼んだ。
するとこの部屋の入口、扉の前に、すぐに彼女が現れた。
魔法で瞬間移動してきたみたいに。
「はい、お呼びでしょうか」
扉の前で膝をつき、こちらに頭を下げているミュエラ。
丁寧な口調と、恭しく下げられた頭に、女神に仕えているということが分かった。そういえば、以前ミュエルも、女神に忠誠を誓っていると言っていたような。
「153を、ここに連れてきてくれ」
「っ!」
女神の意図が分からず、彼女を見上げる。
何を考えているか分からない、無表情で、ミュエラを見つめていた。
「は」
ミュエラは短くそう言うと、またどこかへ消えた。
そして数秒後、また瞬間移動してきたみたいに扉の前に現れた。彼女の右手には、アンジュの腕が握られていた。
「ルイ……」
俺を見て、アンジュがつぶやく。
「153、ここに」
女神の言葉に、アンジュは少し肩を震え上がらせ、ゆっくりと俺たちのいるところまで歩き始めた。
「ミュエラ、もう下がってよい」
「は」
ミュエラは女神がそう言うと、再び姿を消した。
この部屋には、女神と俺と、アンジュだけが残っている。
何を…話すつもりなのだろうか。




