そなたの話をまず聞こう
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扉の中に入っても、景色は今までとさほど変わらなかった。とにかく白い。
少し長い道を真っ直ぐに歩いていく。
俺の目の前には、すごい力を持っているであろう存在が立っていた。その後ろにはまた扉がある。
「来たか」
白いまつ毛、白くて長い髪、瞳の色はダイヤモンドのようだ。
白いドレスを身にまとい、威厳をまとった態度でこちらを見ている。
それの言葉一つで、俺の緊張がどんどん高まっていく。
「………」
「魔王の子……ルシフェルと言ったか」
そう口を開く。
「そうですが……今の俺は、ルイです」
「そうか、まあいい」
「女神…ですか」
「そう。我こそ、この天界を束ねる女神である」
詳しいことは良く分からないが、女神がとてつもない力を持っていることは理解できた。それほどまでに、彼女から感じる魔力はすごい。
俺なんかでは比にならないほどに。
ただこの人が悪魔を、俺の大切な人たちを滅した存在だとは、にわかに信じられなかった。これが……冷徹で、非道な女神…
「…そなたの話をまず聞こう」
女神はそう言った。俺は何を言うか、もう決まっている。
「アンジュを…アンジュに名前をつけて欲しい。そして、彼を出来損ないだと言ったことを撤回してください」
「……それが、そなたの望みか?」
確認のために言われた言葉に、大きく頷く。
悪魔を根絶しようとしている女神に、共存しようなどという話をしたところで簡単に受け入れられないことは分かっていた。
だから、まず叶えてくれそうな願いを言ってみた。
俺がいつだって一番に考えているのは、アンジュだから。
「いいだろう。二つ目の願い、これは聞き入れられる。もとい、我はあの子を出来損ないと言ったことはないのだが…。でも確かに153を出来損ないだというふうに誘導したのは我だ」
「………」
「そして、一つ目の願いだが、これは聞き入れることができない」
「っ!…なぜ、ですか」
「我が名前を与えるのは、優秀な天使だけだ」
「どういうことですか、出来損ないを撤回すると言ったでしょう」
怒りで声が震える。でも女神の顔は、アンジュを見下しているものではなかった。
「そうだな……。そなた、我と握手をしないか」
「……は?」
「もちろん、危害を加えるつもりはない。ただ、そなたの勘が鋭かったら気づくはずだ」
そう言って女神は片手を差し出してきた。
真意はまだ分からない。でも危害を加えるようには見えなくて、俺は女神に近づいてその手に触れた。
「っ⁉」
(冷たい)
女神の手は冷たかった。冷え性とか、そんなものじゃなく、そうこれは多分……
そこで俺は、ミュエラと握手した時に抱いた違和感を思い出した。あの時は何に違和感を持ったのか、全く分からなかったのに、今それが繋がった。
彼女の手もまた、冷たかったのだ。
でもアンジュは、幾度となく握ってきた彼の手は、確かに暖かかった。それが何を意味するのか…
俺はとんでもない想像をしてしまった。
まさか……
「答えにたどり着いたか」
女神がそう言う。
「そん、そんなわけがない。…あり得ない」
俺は首を横に振る。
「でも実際そうだ。紛れもなく、事実なのだ」
「アン、ジュ…が、生き…てる………?」
「…やはり、勘が鋭いな。よく似ている」
女神の表情は、肯定を意味していた。
口には出したものの、全く理解は追いついていない。
「じゃあ…アンジュは、」
「元々、天使などではない。飢餓状態で死ぬ寸前だったあの子の肉体を、我は保存したのだ」
「………」
「我には特殊な力があってな、死期が近い人間の姿を見ることができるのだ。そこであの子を見つけた。………何を思ったのか、我はその肉体を保存することにしたのだ。今でもどうしてそうしようと思ったのか、分からない。同情だったのだろうか」
女神は過去を遡るように、俯きながら話していた。
「………」
言葉が、何も出てこない。
「そして153の魂を、我が作りだした仮初めの器に移動させた。………あの器は脆く、耐性がない。だから攻撃されたら壊れてしまうし、魂にまで届いたら、今度こそあの子が消えてしまう」
「…………」
「だから天使の羽を生やさずに、あの子を出来損ないだと言われるように仕向けた。そうすれば危険な目にあわなくて済むからだ」
「………そもそも、どうしてアンジュの魂を他の器に移そうとしたんですか?あなたが全て保存していれば、彼が辛い想いをすることはなかったはずだ」
「そうかもしれないな。……でもあの子は人間の頃、他人との繋がりを強制的に絶たれていた。だから関わりを持たせてあげたかったのかもしれない、それがどんな形であれ。……矛盾しているのかもしれないが」
「………どうして、アンジュを人間界に?」
「…その前に……そなたに見て欲しいものがある。ついてきてくれるか?」
女神の問いに頷く。ここまできて断るのも変だ。
俺の答えを見て、女神は後ろにあった大きな扉の前で手を出した。
彼女が呪文を唱えると、扉がひとりでに開いていく。
霧のようなものが辺りに広がっていき、俺は思わず目をつむった。
そしてしばらくしてもう一度目を開けると、視界が開けていて、扉の奥へ歩みを進めた。




