行ってくるね
28
(ルイが言っていたこと、本当だったらかなりまずいな)
「姉さん? どうした?」
天界へ戻る途中、ルイが話していたことを思い出しながら考え込んでいた僕に、ミュエルが心配そうに声をかけてきた。
「何でもないよ」
そう言ったと同時に、ちょうど天界についたみたいだ。
「あ、ミュエラエル! おかえり~」
「リエル」
僕たちに声をかけたのは、中性的な顔立ちの男の子。エメラルドの瞳をしている。年は多分、僕たちと同じくらいだ。
噂話や、揉め事などを傍観するのが好きな、普通なら厄介だと思う彼だが、今回ばかりは感謝している。
「リエル、変な呼び方すんなよな」
ミュエルが不満そうに、リエルを睨みつける。この二人はあまり仲が良くない。リエルは人を挑発するのが好きだし、ミュエルはそれを真に受けるからだ。
「だって、二人の名前呼ぶと長いんだもん! ……って、あっれ~ミュエル、何か元気そうじゃん~」
リエルはわざとらしく自分の口に手を当て、ミュエルにそう言った。
「リエル、ありがとう。今回ばかりは助かったよ」
だから、僕は二人が喧嘩を始める前に、先手をきってそう言った。
「いいえ~。でもちょうど僕が見てて、本当に良かったよね~」
「あ? リエル、見てたのか?」
リエルの言葉に、またしてもミュエルがつっかかる。どうしてこう喧嘩腰なんだ。
ミュエルがこんな態度をするから、リエルはさらに面白がるのに。ま、第三者目線で見るだけなら僕も面白いけど。
「もちろん! ミュエルが悪魔くんにボコボコにされてるの、ちゃ~んと見てたよ!」
「………」
「なのに、何でそんなに綺麗になってるのさ。せっかくいじってあげようと思ってたのに」
リエルは、怪我一つ残さず帰ってきたミュエルに、つまらなそうに口を尖らせていた。
「それは……」
ミュエルは言いづらそうに目線を逸らした。
「そこは見てないんだね」
「うん! ミュエラが行くなら心配ないだろうって思ってたし、それに……」
「リエル」
そこで話を遮るように、一人の男が近づいてきた。彼の低音は心地いい。
「フィエル~!」
その男の名を呼びながら、リエルは彼に抱きついた。
きりっとした目元、アメシストの瞳、いつもつまらなそうな顔をしている。それに彼は無口だ。プライベートの彼と、会話をした記憶がほとんどない。話すのは業務連絡の時か、リエルがいる時くらいだろうか。
大人っぽい見た目に反して、話をしている感じでは彼は年下だ。僕たちは天使だから、正解は分からないけれど。
「フィエル、いたのか」
「ん」
ミュエルが話しかけると、フィエルがコクリと頷いた。別に冷たい性格というわけじゃない、話しかければ短く答えてはくれる。
そういえば一時期フィエルに憧れて、ミュエルが無口のクールキャラになろうとしていたことがあった。一日と続かなかったけど。
「そうそう、フィエルがちょうど帰ってきたところだったから、お楽しみにいったんだよね~♡」
「きっっっっしょ」
リエルの言葉に、ミュエルはうげーと声を上げた。
リエルとフィエルが何をしているのか、多分ミュエルは分かっていない。でも、二人の雰囲気から、そう言葉を紡いだのだろう。
フィエルはリエルにだけは心を開いているみたいで、彼とはよく一緒にいる。
そして、僕・ミュエル・リエル・フィエルは四人、天使の中でも特に優秀な四大天使として、女神に仕えているのである。
「まあ、ミュエルはまだお子ちゃまだから分からないよね~」
「ああ。気色が悪いな」
ミュエルの言葉に、リエルがにやりと口角を上げたのをぼーっと見つめながら、大事なことを忘れていたことに気づいた。
「あ、そうだ」
「?」
僕の言葉に、取っ組み合いになりかけていたリエルとミュエルの動きがピタリと止まる。そして三人の視線はこちらに向く。
「リエル、女神さまって今話せるかな」
「あ~どうだろ。大丈夫じゃない?」
「そう」
「…姉さん、僕も行こうか」
ミュエルが僕に近寄り、心配そうにそう言った。
「大丈夫だよ。ありがとね、ミュエル」
気持ちは嬉しいけれど、正直ミュエルがいてもいなくても変わらない。
でもそれをはっきりと言う必要はない。わざわざ傷つけるようなことは言わなくていいのだ。だから、気持ちだけ受け取っておく。
「そう……」
ミュエルは少しだけしゅんとした。それに胸を痛めた僕は、
「じゃあ…戻ったらよしよしさせてよ」
と言って、自分で自分の頭を撫でるふりをした。
「うん!」
ミュエルは顔を明るくし、元気よく頷いてくれた。良かった。
「ミュエルは本当にシスコンでちゅね~」
それを見ていたリエルが、ニヤニヤしながらミュエルに近づく。
「…シスコンって…何?」
ミュエルがリエルを睨みつける。言葉の意味は知らずとも、バカにされていることは分かったミュエルが不機嫌そうに眉を顰める。再び二人の間に熱い火花が散ろうとしていた。
「リエルも、いつもよしよしして欲しがるだろ?」
だが、そこで珍しくフィエルが口を開いた。不思議そうにリエルを見ている。
「…そうなの?」
ミュエルの視線がフィエルへと向く。
「ん。…だっていつもベッ」
「っ!! フィエル~! 君は何を言おうとしてるのかなぁ! ちょっと僕と部屋、行こうか~」
「え…あ、うん」
フィエルは自分の発言が爆弾だということに気づいていない。平然と話そうとした彼を、リエルが大声で制した。さすがに彼でもこういう話をされるのは恥ずかしいのか…
僕としても、ミュエルには純粋なままでいて欲しいから助かった。結構なブラコンなのである、僕も。
フィエルに腕を掴まれ、リエルは大人しく彼に引っ張られていった。
「…姉さん、どういう意味?」
「甘えんぼうってことだよ」
「僕、甘えんぼうじゃないし」
ミュエルが口を尖らせる。本当に、愛おしいんだから。
「そうだね、僕が甘やかしたいだけさ」
「………」
彼の純粋な瞳がこちらを向く。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん、待ってるね」
そう言って、僕は女神のいる場所へと歩き出した。
そんな僕に、ミュエルはずっと手を振ってくれていた。




