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久しぶりぃ

25



「アンジュ」



 あれから数日が過ぎた。

 大方、俺とアンジュはいつも通りの生活に戻っていき、今日はバイト終わりのアンジュを迎えに来たところだった。

 空は少し薄暗く、夜が近づいているのが分かる。



「ルイ、ありがとう」



 スーパーから出てきたアンジュが、俺に近づいてくる。そして、俺の腕に自分の腕を絡ませた。


 そう、あれからアンジュは、やけに距離感が近くなった。外にいるときもお構いなしに俺にくっついてくる。もちろん家ではべったりだ。

 これはツンデレで言うところの、デレ百パーセントと言ったところだろう。

 まあ、俺も俺でまんざらでもない様子でいるのだが。


 そんな俺たちを近所の人たちは、とても暖かい目で見てくる。多分周りから見たら、アンジュと俺は仲のいい兄弟みたいに見えているのだろう。

 アンジュの見た目は中学生くらいだし、俺の見た目は大学生だ。ちょっと年の離れた兄弟、その弟が兄にべったりくっついているという認識なのだろう。

 多少恥ずかしさはあるものの、変に誤解を与えていないのならそれでいい。



「ルイ? 聞いてる?」



 そんなことを考えていたら、すぐ隣から声が聞こえた。



「え? ごめん、何?」



 素直に聞き返すと、アンジュは不貞腐れたように口を尖らせた。



(あーーーー可愛い)



 でもこれは、ルカやルナに対して思う親愛的な可愛いではない、純愛である(?)。

 と、意味の分からないことを脳内で考えながら、アンジュが話し出すのを待つ。



「別に…なんでもないし」



 しかし、アンジュはツーンとした態度で、そっぽを向いた。

 もうこの際、どんな顔でも態度でも可愛いけど。

 それに、ツンとしててもしっかりと腕は回したまま。



「そ…」



 俺が一言そう言うと、アンジュはハッとしたように、こちらを向いた。そして、段々と目が潤んでくる。



(あ……やば)


「お、怒った?」



 震える声でそう聞いてくる。


 そう、俺の涙腺が戻ってきたかと思ったら、今度は入れ替わりでアンジュの涙腺がガバガバになってしまったのだ。

 さすがに泣き出してしまうと、罪悪感も込み上げてくるもので。

 もちろん全く怒っていないし、そんな態度や声色ですらなかったはずなのだが、俺の薄い反応にアンジュは敏感になっているみたいで、ひょんなことでもこうして目を潤ませてくる。



「怒ってない、怒ってない。大丈夫だよ」



 だからこうなると、俺は決まってアンジュを抱きしめ、頭を撫でる。



「ほんとに? 出て行かない?」



 これもお決まりの言葉だ。



「出て行かないよ、大丈夫」



 俺もお決まりの言葉を返す。


 いつもこれを言われるけど、そもそも俺はあの家を出て行ったところで、帰る場所も居場所もないのである。アンジュはそれを理解できていないみたいだけれど。

 だから逆に出て行けと言われたら困ってしまう。そんなことになったら、きっと俺は泣いて縋るだろうな。

 情けない自分の姿を想像しながら、優しく、ガラスを扱うみたいに、アンジュを落ち着かせる。


 そうして、しばらくして抱きしめていた腕を緩めると、頬を濡らしたアンジュと目が合うので、それを指で優しく拭うまでがセット。


 俺はアンジュの手を優しく包み込んで微笑むと、手を引いて歩き出す。

 アンジュもそれにこたえるように、握る手に力を込める。ひとまず落ち着いたみたいで良かった。アンジュと話す時は、反応に気をつけないといけないな。






(あ…公園)



 しばらく手を繋いで歩いていると、近所の公園が見えてきた。

 ここには色々な思い出が詰まっているが、直近だとカヤと話した場所だ。

 そう、カヤ。彼のことをすっかり忘れていた。

 話を聞いてもらってから、ろくにお礼もできていない。というか、会っていない。

 今度、改めて家にでも招待しておもてなししないとな。


 そうやって公園を眺めていたら、既視感を感じた。

 確か、以前アンジュのバイト帰りに公園を見た時、彼と散歩をした時の話をして…

 そして……








「楽しそうだねぇ、僕も混ぜてよ」






「!?」



 そう、そのセリフだ。

 俺はすぐに後ろを振り向いた。



 あの時と同じセリフ、同じ光景、同じ人物、状況が全く同じだ。






「ミュ…エル……」



 一つだけ違うのは、俺はそいつが誰だかもう知っているということ。



「うん、久しぶりぃ」



 彼はにこりと笑って、手を挙げた。

 俺は警戒心をあらわにし、すぐにアンジュを後ろに隠した。



「へぇ……」



 そんな俺を見て、ミュエルはつまらなそうに視線をずらした。

 かと思うと、今度は俺をめがけて一気に距離を詰めてきた。



「ルイっ!?」



 アンジュが後ろで叫んだけれど、不思議と俺は冷静だった。

 あの時と同じ、ミュエルの動きがとてもゆっくりに見える。



(大丈夫だ、俺ならできる)


「っ!」



 そう自分に言い聞かせた。すると、自然と俺はミュエルの動きをかわし、彼を公園の中へと吹き飛ばしていた。まるで、身体がそれを覚えているかのように。

 ミュエルはあっという間に公園の中に飛ばされ、地面に身体を打ち付けた。


 俺はゆっくりと公園に入り、彼に近づいていく。

 あの日と、まるで立場が逆転しているみたいだ。



「っ……」



 ミュエルが身体を起こしながら、俺を睨みつける。だから、同じように俺も睨み返す。

 力が、みなぎっている。

 多分、このままなら彼を殺すこともできる。



「どうした、天使なら回復できるんだろ?」


「っ!」



 俺の冷たく放った言葉に、ミュエルは思い出したかのように呪文を呟き、自分自身を光らせた。

 回復が終わったみたいで、すっと立ち上がった彼が、再び俺めがけて近づいてくる。


 攻撃が、単調すぎる。同じ動きしかできないのだろうか。

 でも、確かに力は強いのだと思う。ミュエルは一発一発の攻撃が重いのだろう。

 ただ、動きが読めてしまうのでは、交わすのも容易い。

 さっきと同じように、彼の攻撃をかわして、俺は攻撃し返す。



「うっ!!」



 ミュエルは地面に打ち付けられ、うめき声を漏らした。


 こんなもんじゃない、アンジュが受けた苦しみは。これまでの分、いくらやっても足りないだろうけれど、俺は怒りが収まらない。


 今度は回復する暇すら与えないほど、攻撃を与えていく。

 自分がこんなに躊躇なく攻撃できることが、非現実的だった。

 俺じゃないみたいだけど、確かに俺で。


 核心をつかない程度の、それでもかなりの痛みを与える。すぐに死んでしまっては困るから。これでもかってくらい苦しめないと、割に合わない。



「……イ! ルイっ!!」



 アンジュの声に、俺は一気に現実に引き戻された。

 アンジュは俺の服を破れるくらい引っ張って、俺の名前を叫んでいた。

 彼を見ると、泣きそうな顔をしている。



「あ、んじゅ……」


「死んじゃう…死んじゃうよ…」



 悲しそうにそう呟くアンジュを見て、深い後悔にさいなまれた。

 それでも、



「こいつは、アンジュを傷つけたんだよ。何でそんなに優しいの」



 俺はそう言った。俺は……俺はミュエルを許せない。



「関係ないよ! …ルイは、このままミュエルが死んでも良かったの? それで…本当にいいの?」


「っ……!」



 アンジュの言葉に、俺は夢の……記憶のことを思い出した。


 そうだ。ここで俺がミュエルを殺したら……父上の、ルシフェルの望んだことが叶わなくなる。

 平気な顔で悪魔を殺す天使を、あれだけ憎んでいたはずだった。なのに…俺は、そんな天使と同じことをしようとしていたのか…?


 自分のしたことが、とても恐ろしくなった。自分の両手を見ると、小さく震えていた。

 手の隙間から、ミュエルが見える。


 ゆっくり手を降ろし、ミュエルの全身を見た。回復も追いつかないくらいボロボロになったミュエル。苦しそうに身体を縮め、悶えている。

 どうしてか、あの時のアンジュと重なってしまった。羽がないと知った、見ないでほしいと言ったアンジュの姿と……



(俺は…なんてこと……)



 俺は一歩後ずさった。自分のしたことが受け入れられないみたいに。

 アンジュは俺の後ろで、服の裾を掴んでいる。




 俺がミュエルを見下ろしていると、暗闇に包まれた公園に一筋の光が差し込んだ。

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