ただいま…
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「ただいま……」
気まずい気持ちを抱えながら、玄関のドアをこっそり開ける。
開いた少しの隙間から中を覗く。
「っ!? (……アンジュ?)」
玄関を上がってすぐの壁にもたれていたのは、アンジュだ。
ドアをしっかりと開けて中に入る。後ろで静かにドアが閉まっていく。
こんな場所にいたのか? ずっと…俺が外にいる間……
アンジュは眠ってしまっているみたいで、体育座りのまま壁にもたれて目をつむっていた。
ゆっくりと彼に近づいて、顔を覗き込む。
目が、赤く腫れていた。泣かせてしまった、俺のせいで。
罪悪感でいっぱいになりながら、今更アンジュの涙を拭うように、指で目の下を触った。まだ少し涙が残っているみたいで、もしかしたら眠りながらも泣いていたのかもしれない。
すると、アンジュの長く白いまつ毛がゆっくりと上がり、瞼が開いていく。宝石のように綺麗なアクアマリンの瞳が間近に映る。
「ル…イ……」
ぷっくりした唇から、掠れた声が出る。
「ただいま…アンジュ……」
俺の顔を見るなり、アンジュは涙をポロポロと流し始めた。
「!?」
まずは謝るべきか、それとも抱きしめて…いや、それは違うか。
内心でアワアワしながら、どうしようか固まっていると、アンジュが俺の服の裾を掴んだ。
「行か…ないで。置いていかないで…」
「アンジュ…?」
まるで小さな子供のように、親に置いて行かれた子供のように、震える手で必死に俺を引き止める。
「ごめ…ごめんなさい、ごめんなさい。もう、あんなことしないから。いい子にしてるから…お願い、置いていかないで…」
胸が、痛い。
それは、俺がアンジュを置いて外に出てしまった後悔、アンジュの人間の頃の記憶で似たような経験をしているかもしれないこと、とにかく色々な感情が一気に押し寄せてきて、俺は何とも言えずに胸が締め付けられた。
「……大丈夫、どこにも行かないよ。ごめんね、アンジュ」
俺はそう言って、アンジュを抱きしめた。いつもより小さく感じたアンジュの身体。全身が震えていた。
俺が抱きしめると、少しだけ肩の力が抜けたように、彼も俺を弱弱しく抱きしめ返す。
「……でも、俺は自分の意見を変えることはできない」
はっきりとそう言った。これだけはどうしても譲れない。
「…いい、何でもいいよ。ルイが…いてくれるなら」
アンジュは俺の背中に回した腕に力を込めた。
「それは…違う。俺はアンジュに、自分を大切にして欲しいって思ってるから」
抱きしめていた手を緩めて、目を合わせる。涙を流し、口を少し開けたままのアンジュと目が合う。泣いていても、アンジュはとても綺麗だ。
「………わか、分からない。自分を大切にするなんて…」
何となく、そう答える気はしていた。
「とにかく、今日みたいに危ないことしようとするのはやめて欲しい。アンジュがいくら大丈夫だって言ってても、俺が…無理だから。…あんなことされたら俺の心臓がいくつあっても全然足りないからさ」
眉を下げて笑った俺を、アンジュは上目遣いで見上げていた。
「……分かった、ごめんなさい」
鼻をすすりながら、そう言った。今度はちゃんと理解してくれた気がする。
「……じゃあ、部屋戻ろっか」
いつまでも玄関で話しているのは変だ。俺たちには自分の部屋がある。
俺はアンジュの手を包み込むと彼を立ち上がらせ、一緒に部屋に戻った。
その日、アンジュは俺のそばを離れようとしなかった。
ずっと俺の服の裾を掴みながら、どこへ行くにもついてきた。トイレやお風呂でさえも、中に入ってくる勢いだったので、それは俺が全力で止めた。さすがに恥ずかしい。
でもトイレもお風呂も、ドアの近くで身を縮めながら、俺が出てくるのを静かに待っていた。
ずっと不安そうな顔で俺を見上げているアンジュを、引きはがすことなんてできなかった。
それに、俺を必要としてくれるのは嬉しいし、俺を見つめるアンジュは愛おしかった。
俺も大分歪んでいるのかもしれないな。
母も、父も、ルカとルナも、そんな俺とアンジュを静かに見守ってくれていた。
俺の目のことは、誰も何も言わなかった。




