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ごめん、ルイ

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 俺は今、危機的状況に陥っている。

 それは、食べようと取っておいたプリンが食べられていた、という程度のことではない。それも大事だけど。




 魔力が、全く使えない。





 あれ以来、本当に一度も使えていない。

 図書館とかで色々と調べてみても、所詮はフィクションの話ばかりで参考にならないし、アンジュと訓練で色々試してみても、全く発動する気配がない。


 アンジュ曰く、俺の身体の右半分に黒いオーラのようなものが纏っているらしい(普通の人には見えない)。たしかに魔力があったとしても、それが使えないんじゃ意味がない。


 ミュエラが来てからもう一週間は経っている。俺の中にどんどん焦りが積もっていく。

 焦れば焦るほど、集中力はなくなるし、良くないことだと分かっているのに、焦らずにはいられないのだ。



「ルイ……」


「ごめん、アンジュ」


「いや……あのさ、ルイがミュエルを吹き飛ばした時って、何を考えてた?」


「…え?」


「…何か、魔力が発動する条件があるんじゃないかって。それが分かればコツも掴めて、自分で制御できるかもしれないだろ?」



 確かに…

 あの時は…ミュエルに腹が立っていた。そして、何としても、



「アンジュを…守りたかった」



 そうつぶやいた俺に、アンジュが顔を向ける。



「…………」


「守らなきゃって強く思ってた…かな。あとは…あんまり覚えてないかも」


「ありがとう。…うん分かった」


「……?」



 アンジュは一人で納得したように頷いた。






 翌日、俺が目を覚ました時、隣にアンジュがいなかった。

 胸がざわざわして、心臓の鼓動が速くなる。

 何だろう、この感じ。あの後も、何となく様子が変だった。


 俺は部屋を出て階段を降り、リビングへ入った。

 すると、キッチンにアンジュが立っているのが見えた。とりあえず安堵する。



「おはよう、アンジュ珍しいね」



 そう声をかけて近寄るが、アンジュは反応しない。



「アンジュ…?」



 もう一度名前を呼ぶと、彼はゆっくりとこちらを向いた。その視線に不安が掻き立てられる。



「ごめん、ルイ」



 彼はそう言うと、手に持っていたそれを見せつけ、尖っている先を自分の方へ向けた。



「っ!! アンジュ!!」



 頭が真っ白になる。でも、身体は反射的に動いていた。

 少し距離があったけれど、必死に手を伸ばして、アンジュの手を捻り上げる。


 アンジュを見ると、俺ではなくその先に視線を向け、目を丸くしていた。



「………」



 アンジュの手に握られたそれを奪い取ると、慎重に元の場所に戻し、放心状態の彼を抱きしめた。そのまま二人、抱きしめあったまま床に座り込む。



(どうして…こんなこと……)



 抱きしめた身体全体から彼の鼓動を感じて、それに安堵しすぎて腰が抜けるかと思った。



「る、ルイ」


「何で…こんなことしたの?」



 放心状態だったアンジュが、ハッとしたように俺の名前を呼ぶ。でも、俺は彼を抱きしめ続けたまま、少し責め立てるようにそう聞いた。



「あ…昨日ルイが言ってたでしょ。それで考えたんだ。僕が危機的状況になればルイの力発動できるかなって!ほら、見て。ルイに翼……」



 何の悪気もなくそんなことを言うから、俺は沸騰して顔が熱くなっていた。アンジュが後半に話していた内容も、その時の俺には届いていなかった。



「二度としないで!! ……本当に、」



 荒々しく声を上げた俺に、アンジュは戸惑う。



「だ、大丈夫だよ。そんな簡単にいなくならないし。…てっ天使だからな!」


「関係ない! 心臓…止まるかと思っ……」



 俺の目から熱いものがポロポロとこぼれて止まらない。最近、本当に涙腺がガバガバだ。



「ル…イ……」



 俺は、アンジュがいることを自分自身に確かめさせるために、抱きしめた腕に力を込めた。


 アンジュが俺のために、俺の役に立ちたくてしたことだって、分かってる。頭では分かってるつもりだ。それでも無理なものは無理だし、耐えられない。



「ごめ…なさい」



 アンジュもようやく事の重大さに気づいたようだ。掠れた声で謝罪した。

 俺も段々と冷静さを取り戻していき、とりあえず抱きしめていた腕を緩めてアンジュを身体から離した。


 そこでやっと、自分の肩が少し重いことに気がついた。身体中も力がみなぎっているみたいだ。あの日の感覚に似ている。


 俺はチラリと自分の肩を見てみた。すると…



「わぁ!?」


「…ルイ!?」



 俺が大きな声で後ろに倒れたので、アンジュもびっくりして慌てだす。



「な、なにこれ…」



 俺は肩、正確に言えば背中の上あたりに生えていたそれを指さして、恐る恐るアンジュを見る。



「…悪魔の、翼」



 アンジュが一言そう言った。

 初めて見た。いや、夢…記憶の中でなら見たけれど、実際に見るのは初めてだ。黒くて禍々しい、でも羽の一つ一つは繊細で綺麗だ。


 自分の背中にこれが生えているなんて考えられない。重みは感じるものの、生えている所に違和感はない。それに片方ではなく、両方に翼が生えている。



「やっぱり、条件は僕か?」



 翼に驚いていた俺に、アンジュがポツリとつぶやく。



「え…?」


「ルイが、魔力を発動する条件だ。前も、今もそうだった」


「………」


「僕のしたことは間違ってなかったんだ」


「………確かに、アンジュがしたことは正しかったのかもしれない」


「! だろう!!」



 俺が素直に認めると、アンジュは嬉しそうに笑った。純粋な笑顔に胸がチクリと痛む。



「でも、あんなことするくらいなら、もうアンジュと訓練はしない」


「えっ……」


「…たとえ、今日みたいなことを繰り返して魔力とか記憶が戻ったとしても、俺は全然嬉しくないよ」


「あ…」


「だったら俺は一人でどうにかする。…アンジュは、もう少し自分を大切にして欲しい」



 君が俺を見つけた時にする笑顔。ずっと守っていきたい。

 そう思っているのに、今は俺がアンジュを困らせている。


 彼は、多分自分に自信がないのだと思う。褒められることが好きで、そのためなら自分のことなんて二の次。それが大切な人であればあるほど…



「ごめん。今日は俺、一人で訓練する」


「…ル」


「一人になりたいんだ。今日バイトない日だから、カヤとでも遊んで来たら?」



 アンジュの言葉を遮って、俺は立ち上がる。翼も、みなぎっていた力もいつの間にか消えていた。


 リビングを出ると、廊下の壁にぴったりとくっついて息を潜めていたルカとルナがいた。彼女たちは俺と目が合うと、気まずそうにしたけれど、俺は二人の相手をする気力さえなく、ふらふらと家を出て行った。






 家を出る直前に鏡で見た自分自身は、俺の知る俺ではなくなっていた。

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