表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/47

嫌なこと、忘れるくらい…さ

20


 出来損ない。

 口を開くたびにそう言われた。

 ああ、僕は出来損ないなんだ…







(お腹空いた……)



 床に寝転がった身体を少しだけ動かす。どれくらいご飯を食べていないだろう。確か、この前来たのが一週間前とかだったような…


 この狭い部屋に、僕はずっといる。自分が今何歳なのかも、よく分かっていない。

 部屋にはほとんど物が置かれていない。毎日暇で、溶けてしまいそうだ。でも、僕はここにいなければいけない。


 動きたいけど、空腹のせいで力が思うように入らない。

 毎日寝ているはずなのに、寝ている感じがしない。

 前は一日に一回は帰ってきてくれていたのに…最近はどんどん帰ってくる回数が減っている気がする。


 遠のく意識の中で、そんなことを考えていたら、玄関のドアが開いた。



「っ!!」


「……アルノ?」



 足音と声が近づいてくる。僕は重い身体を起こして、彼女を見る。



「おかえりなさい、お母さん」


「ただいま、アルノ」



 彼女は僕のお母さん。僕のためにいっぱい働いているから、中々家に帰ってこれないらしい。

 寂しいときもあるけれど、お母さんは僕のために頑張ってくれているから、そんなこと言えるわけがない。



「ごめんね、遅くなって」


「ううん全然!」


「…お外には出ていない? いい子にしてた?」


「もちろん! ……でもどうしてお外に出てはいけないの?」



 僕の答えに彼女は微笑みながら頭を撫でてくれる。



「いつも言っているでしょ、誰にも見せたくないからよ。私の可愛い子」



 お母さんはいつもそう言う。外が気にならないわけではないけれど、こうやってお母さんが会いに来てくれるなら悪くないか。



「じゃあ、はいこれ。ご飯ね。お母さん、またすぐに行かないといけないからいい子にしてるのよ。誰かピンポンしても絶対開けちゃダメ、お外も出ちゃダメよ」



 これもいつも言われることだ。



「分かってるよ、お母さん。お仕事頑張ってね」


「ええ…………ねえアルノ、あれ何?」


(あ、やばい)



 さっきまで笑顔だったお母さんが急に真顔になる。



「どうして、窓の鍵が開いているの?」



 夜、こっそり星を見ようとベランダに出たのだが、窓の鍵を閉め忘れていたようだ。



「これ、は……その……」



 自然と声が上ずる。思ったように言葉が出てこない。



「お外には出てないって、お母さんに嘘ついたの?」


「ご、ごめんなさいごめんなさい」



 ため息をついた彼女に、全身恐怖が走る。僕はひたすらに謝った。

 でも、遅かった。彼女は手を振り上げ、次の瞬間僕の頬に痛みが走る。目から勝手に涙が溢れ、震える身体を必死に抑えた。


 お母さんが怒ったのはこれが初めてではないけれど、何度怒られてもこの恐怖には慣れそうにない。



「アルノ、本当にダメな子ね。あなたは出来損ないなんだから、お外には出ちゃダメだってあれほど言っているのに! ………もういいわ」


「ごめ、ごめんなさい。お母さん、ごめんなさい。許してください」



 愛想をつかされると思った僕は、必死に彼女に縋りついた。そんな僕を冷たい目で振り払い、彼女は玄関の扉を開けると、何も言わずに出て行った。


 僕はすぐに窓の鍵を閉め、カーテンを閉めた。静かになった部屋で、僕は呆然とする。


 怒らせて、しまった。僕にはお母さんしかいないのに。

 ダメで、出来損ないの僕を愛してくれるのは、褒めてくれるのは彼女しかいないのに…。



(謝らないと…)



 次、会いに来てくれた時、謝らなければ。お母さんが許してくれるまで何度も。











 次の日、お母さんは来なかった。彼女が持って来てくれたご飯を少し食べた。


 その次の日、今日もお母さんは来なかった。昨日残しておいた分を食べた。


 三日後、今日もお母さんは来なかった。もう窓、開けないから帰ってきて…


 四日後、今日もお母さんは来なかった。ご飯、もう少しでなくなりそう。


 五日後、今日もお母さんは来なかった。まだ怒ってるのかな、それともお仕事忙しい?


 六日後、今日もお母さんは来なかった。ご飯、なくなった。


 七日後、今日もお母さんは来なかった。お母さん、お腹空いた。寂しいよ。






 もう何日経ったのか忘れてしまった。お母さんは今日も来ない。もう…ずっと来ないのかもしれない。

 ……お母さん、会いたい。ごめんなさい、ちゃんということ聞くから…
















「アンジュ」



 ルイの声、とても優しくて安心する。目を開けると、心配そうに僕を見るルイがいた。

 今日は休日だ。僕もルイも家にいる日。だから、油断して寝すぎた。



「大丈夫? うなされてたよ」



 身体を起こすと、汗をびっしょりとかいていた。鼓動も激しい気がする。

 ルイが僕の頭を撫でると、次第に呼吸が落ち着いていく。



「嫌な…夢、見た気がする」



 夢の内容は思い出せない、でもそんな気がした。



「そっか……」



 僕の頭の片隅に、何かしまわれているものがある気がする。何かは分からないけれど、思い出すべき、思い出したくない何か…



「じゃあ、今日はたくさん遊ぼう?」


「………」


「嫌なこと、忘れるくらい…さ」



 ルイが微笑んだ。ああ、この笑顔が好きだ。心があたたかくなる。

 僕を出来損ないなんかじゃないと言ってくれた彼を、僕は信じたい。

 まだ信じることしかできないけれど…いつか、僕が僕自身を認めてあげられる日が来たなら、その時は…僕はルイに気持ちを伝えたい。




 ルイがどんな姿であろうと。

 彼が悪魔で、僕と対立する立場であろうとも…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ