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今…幸せ?

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 ミエラが倒れた。


 原因が分からず、とても苦しそうに悶えていて、僕はすぐに病院へ駆け込んだ。でも、まともに取り合ってはくれなかった。それは、僕たちにお金がないから…


 僕は仕事の合間に病院をまわり、頭を下げた。下げて、下げて、下げて…けれど、どこも反応は同じ。


 だから、僕はお金を貯めることにした。

 ミエラの食事代、その残りを全て医療費の貯金に回した。少しずつ貯めていけば、きっと良くなる、日に日に弱っていくミエラに焦りを感じつつ、そう自分に言い聞かせた。



 奇跡を、信じた。でも起こらなかった。


 どこも相手にしてくれない、ミエラの症状も悪くなるばかり。



「はい、これ今日の」



 横たわるミエラに食事を差し出す。本当は付きっきりで彼女についていたい。でもそれではダメだ。働かなければ、望むものは何も手に入らない。



「……ミエル、ちゃんと休んでる?僕のことはいいから、寝てよ」


「姉さんが、そんな心配すんな」


「…でも、まともにご飯食べてないでしょ?」


「食べてるっつーの!」



 そう言ったと同時に僕のお腹が大きく鳴る。タイミングも格好も悪すぎるし、恥ずかしい。



「ふふ、ごめんねぇ」



 微かに笑った彼女だが、ずっと辛そうにしている。見ていられないくらい苦しそうだ。



「謝るなら、早く治せよそれ」


「………うん」









 そんな日々が少し続き、その日もいつも通り仕事をしていた。

 その時、僕の仕事場に一人の男が駆け込んできた。

 見覚えのある顔。それは、同じように路地で暮らしていた男だった。別に僕はそれほど交流があるわけではないが、彼女は社交的だったから同じ境遇の人たちと仲良くしていた。



「おい! ミエラちゃんがっ!」



 男の表情とその一言で、全てを察した。嫌な予感が全身を駆け巡る。



(そんなはず…ない)



 仕事場の偉い男が怒号と共にこちらに来るのも無視して、僕は走り出していた。


 走りながら息が上がっているのは、鼓動が速いのは、きっと疲れのせいだ。

 そうだ、大丈夫。……大丈夫、大丈夫。



「ミエラ!」



 僕が駆け込んだ先に、いつもと同じように横たわる彼女がいた。周りには、彼女が仲良くしていたであろう男たちが心配そうに、遠巻きに見ている。

 僕はすぐに駆け寄り、彼女の手を握る。



「ミエラ、聞こえるか?」



 普段、僕が話しかけると、苦しそうにしながらもすぐに目を開けていたのに、今日は中々開かない。朝はいつも通りに見えたのに…。



(嘘、嘘だ)



 変な汗が僕の背中を伝っていく。ミエラは苦しそうにはぁはぁ言っていて、それで彼女がまだ生きているということに安堵できる。



「………ミ、エル」



 微かに目を開き、こちらに顔が向く。息も絶え絶え、苦しそうに彼女が声を絞り出している。



「っ! ミエラ!」


「ね、えさん…で、しょ…?」


「……姉さん、今から病院行こう。お金、少しだけど貯まってるんだ」



 僕はポケットに忍ばせていたそれを握りしめ、彼女に見せる。しかし、彼女はそれを制した。



「だ、めだよ……もう…」



 ミエラが少しだけ微笑む。



「ま、待ってよ、そんなこと言わないで」


「ど…して、こん、なめに…あう…んだろ、ね。……なに、かわるい…こと、した、のかなぁ…」



 そう話すミエラは、今にも息絶えそうで…

 胸が、張り裂けそうだ。



「ねえ、どうしたらいい?僕……」



 握った手に力を込めても、それに応じたものが返ってこない。

 僕の問いも聞こえなかったのか、ミエラは弱弱しく腕を上げると、僕の頬に自分の手を当てた。



「ね…ら、いせでは…しあわ、せ……」



 そこで言葉は止まり、彼女の瞳は閉じられた。

 後ろで男たちのすすり泣く声が聞こえてくる。



(……は?)



 まだ、まだだ。




 僕は立ち上がり、街へ飛び出すと、自分が持っている限りの大きな声で叫んだ。



「誰か! 誰か助けてください! 誰か! 僕の…姉さんを……」



 僕の大声に、横目で通り過ぎていく人たち。くすくすと笑いを漏らす人もいる。



(誰か……)



 誰も、見ていない。見ているのに、手を…差し伸べない。



「あの、お願いします! 助けてください!」


「チッ汚ねーな、触んなよ」



 僕が必死に縋りついた男も、舌打ちをして僕を突き飛ばした。

 突き飛ばされた僕は、地面を見つめて握りこぶしを作る。



 どうして…僕たちが一体何をしたっていうんだ。こんな目にばかり…






 絶望を抱いて路地に戻ると、動かないままのミエラがいた。

 目を逸らしたい。現実を…受け止めたくない。

 僕たちは幸せになるために生まれてきたはずなのに、なぜあいつらと僕らでこんなにも差が生まれてしまうんだ。





 嫌い…人間なんて大嫌いだ。みんな、死んでしまえばいいのに。









 **


「ミュエル、起きて」



 檻の中で気持ちよさそうに眠る彼に声をかける。



「………あ? ミュエラ?」



 僕の声に反応して、瞳がゆっくりと開いていく。綺麗な、ルビーの瞳。僕とおそろいだ。



「こら、姉さんと言いなさいよ」


「僕ら双子なんだから、大して変わんないだろ」


「はぁ、反省のために入れられてるのに、呑気に寝ちゃってさ」


「だって……暇だし」


「………」


「何?」


「いや、僕らって…死んだときの姿そのままなんだろう? それって、僕とミュエルが同じ時期に死んだってことかなって思って」



 今日、彼に天使のことをペラペラと話したせいで、余計な疑問が頭をよぎった。



「…どうでもいいね、人間の時のことなんて。ま、この美しい顔面だからチヤホヤされていたんだろうな」



 チヤホヤされていたなら、どうして僕らはこんな若くして亡くなったんだろう。まあ、理由は様々あるだろうけれど。

 僕の双子の弟らしいミュエルは、少々知能が劣っている。決して見下しているのではない、そこが彼の可愛い所でもある。



「それもそうか」


「ていうか、行ったんだろ。どうだった、153は…」



 153のことを見下しているのに、気にはなっているようだ。その見下しているというのも、優秀じゃないのに女神に気に入られているという、ただの嫉妬なのだが。



「153には会ってないんだ、その代わりあの子に会ったよ」


「……悪魔か」


「うん」


「…どう、思った?」


「んーいい子だなって。153が好きになるのも分かるかな。ま、僕らのことはとても嫌っているみたいだけど」


「…悪魔なんかにどう思われようが知ったこっちゃないね。僕は僕の役割を全うするまでだ」


「そうだね、可愛いねぇ僕の弟は」



 純粋な彼が可愛くて仕方ない。これも人間の頃の気持ちが少し残っているからだろう。檻の隙間に手を入れてミュエルの頭を撫でると、彼は恥ずかしそうに顔を赤くした。



「姉さんっ! 子ども扱いすんな!」



 その言葉に、何かが重なった。それは、今より少し幼くなったミュエルのような…



「……ミュエル、今…幸せ?」



 なぜかそんな言葉が口から出ていた。本当に自然と。

 どうしてその言葉が出たのか分からないが、胸の辺りがあたたかい。



「は…? …………まあ、誰かのおかげで退屈はしないね」



 ミュエルは不思議そうにしながらも、少しの間静かに考えこみ、そう言った。



「その誰かって、もしかして僕のことぉ?」


「う、うるせー」



 本当に僕の弟は可愛い。









 大丈夫だよ、今度こそ僕が守ってあげるからね。

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