可愛い弟
18
『来世では幸せになろう』
それが僕たちの口癖だった。
「おい! またパンが盗まれてる、誰だ!?」
遠くで男の怒号が聞こえる。それを聞きながら、僕は優越感満載だった。
僕ってば、本当に盗みの才能がありすぎる。
「ミエラ! ただいま!」
ただいまと言っても家はなく、お金がない人たちが追いやられた路地裏に僕たちは住んでいる。お金を持っている人たちは、まず近寄らない場所だ。
僕の声に、本を読んでいた彼女が顔を上げる。
「姉さんでしょ、ミエル。おかえりなさい」
ため息交じりにそう言った。
ミエラ、というのは僕の姉だ。姉と言っても双子なのに、彼女はこうやっていつも姉面ばかりしている。ほんの少し早く生まれただけなのに、困った困った。
「見て! これ手に入れた」
手に持っていたパンをミエラに見せる。彼女は呆れたように、
「……また盗んだの?」
と言った。心外だ。
「違うよ! 先行投資さ!」
前にミエラが言っていた単語を使ってみた。しかし、彼女はまたも呆れた表情で、
「全然意味違うけど…」
とため息をついた。
僕はどうやら頭が良くないらしい。そんな僕とは違いミエラは優秀で、いつも本を読んでいて、知らないことを教えてくれる。それがとても面白い。
「ミ…姉ちゃん、はまた本読んでたの?」
「うん、ちゃんと頭に入れるまで読まないと」
彼女はゴミとして捨てられた本を拾って、持ち帰って破れるまで読み込む。
ミエラは知識を得て、それを職にしようとしているらしい。だから、僕も彼女が本を読む時間を作れるように、こうして食料を盗みに行っているというわけだ。
何て姉想いな弟だろう。
「……ごめんね、ミエル。こんな暮らしばかり続いてて…」
ミエラが申し訳なさそうにする。
「姉ちゃんは何も悪くないのに、謝んなよ。全部あのクズたちのせいじゃん! ………それに、姉ちゃんがいるからこの暮らしも悪くないよ」
「ミエル……可愛い弟」
彼女は少し微笑むと、僕の頭を優しく撫でた。子ども扱いされているみたいで恥ずかしいのに、これをされると僕の胸はあたたかくなる。
「うるせー」
「来世では幸せになろうね」
「ん」
これはミエラの口癖だ。僕は来世の意味をよく分かっていないけれど、彼女がそう言うなら僕もそう願う。
ミエラがいるから今も十分幸せだなんて、何だか恥ずかしいので言わないでおいた。
僕たちは親に捨てられた。
僕とミエラが十歳の時だ。
元々少しのお金をくれるだけで、まともに育ててもらったことなんてないけれど。
ある日荷物をかかえて出て行った後、そのまま家に帰ってこなくなった。
数日後、偉い人がやってきて、お金が払えないならここには住めないと、僕たちを追い出した。
そこからは、ずっと色んなところを転々として、ミエラは知識を蓄え、僕は食べ物を盗んでいる。
寒い季節を一回超えるたびに、住む場所を移動して、ミエラは本を読み、僕は盗みをした。
そんな生活が続いて、もう十回ほど寒い季節を超えた。
成人したから、ようやく僕もミエラも職につくことができた。二人とも、空いている所に割り振られたので、ほとんど肉体労働だ。
職場で周りが僕たちを見る目は冷たく、居心地はよくなかった。
そして満足のいくお金ももらえず、家を買うことはできない。一日一日の食事を補うことで精いっぱいだった。でも、お腹いっぱい食べれることは嬉しかった。
僕たちが街を歩いていると、白い目で見られ、汚物を見ているかのようにひそひそと話し声が聞こえる。
それでも、ミエラがいる生活は楽しい。彼女がいるから、毎日頑張っていられる。
それはきっとミエラも同じ。僕たちは双子、二人で一つ。同じ時間を共有し、離れることができない。多分、離れちゃダメなんだ。
彼女はまだ、夢を諦めていない。余った少しのお金を集めて本を買い、さらに知識を蓄えている。時々、意味の分からない言葉を使うこともあるけれど、知らないことを教えてもらうのは面白い。
だから、僕はミエラの夢を応援している。




