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……誰?

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 俺の生活は日常へと戻っていき、一か月ほどが経った。

 魔力の力というものもよく分からず、一応アンジュと毎日特訓しているものの、あれ以来魔法のようなものは出せていない。目は相変わらず片方違うままだ。

 記憶も、あれ以上のことは思い出せない。

 いまだに他人事のように思えるあの日の出来事を、俺は受け止められていないのだろうか。

 早くしないと、いつミュエルが来るか分からないのに。それに、アンジュも天界に連れて行かれてしまう可能性だってある。

 どうしようもできない焦りを感じながら、長期休みが明け、今日も大学に通っている。



(アンジュは夕方までか。まだ大分時間あるし…家に帰って一人で特訓でもしてようか……)



 俺は大学に友達がいない。だから、目のことを聞かれることもない。一応この一か月ほどで前髪をのばし、片目を隠そうとはしているが、完璧に隠れているわけではない。

 多少視線を感じることはあるものの、それ以上のことは起こっていないから、まあいいだろう。






 道端に咲いている花を眺めながら考え、歩いていると、門の近くがいつもより騒がしい気がした。有名な人でも来ているのだろうか。そう顔を上げたが…



「!?」



 俺はその人物を見て、身体が固まった。

 それもこちらに気づいて、少し微笑む。

 細身で高身長、おまけにびっくりするくらい整った顔。間違いない、見間違えるはずがない。

 こちらにゆっくりと近づいてくる。そこで少し違和感を持った。どことなく…雰囲気が……以前とはどこか違う気がした。どこと言われても説明できないくらいの小さな違和感。



「どうも、少しいいかな」



 それは俺の前まで来ると、口を開いた。顔は同じなのに、別人みたいだ。

 話し方も、声も似ているのに、何だろう…このモヤモヤは。

 でも、不思議と殺意を感じなかった。身構えてはいたけれど、多分この前のようには戦わない。周りの人間には危害を加えなさそうだし、ひとまず安心だ。油断はできないが。



「…分かりました。どこかお店に入りましょう」



 緊張しながらもそう返すと、それは、にこりと笑って俺の後ろに回った。どうやら俺の後をついてくるらしい。

 性格が違いすぎて、もはや怖い。天界で何かあったのか、はたまた心の変化…?



(そんなわけないか)



 震える足を一生懸命動かし、なるべく人の多そうなファミレスに向かった。






 目的の場所につくと、それはお店を見上げて目を輝かせた。アンジュを初めてゲームセンターに連れて行った時のような表情。

 というか、さっきから全くと言っていいほど話さない。声をかけられた時は普通に話していたのに、一体何なんだ。


 店内に入ると、時間が時間ということもあり、客はほとんどいなかった。店員に席まで案内される。二人だが、四人でも座れそうなテーブルに案内され、ゆとりがある。


 目の前に座ったそれは、店内をキョロキョロ見回していた。かと思うと、メニューを開いて何を頼むか考え始める。

 長居するつもりはないから、俺は軽めのデザートを頼み、結局それも散々迷った末、俺と同じものを頼んだ。



「それで…何の用ですか?」



 注文を終えた俺は、早速話題を切り出した。



「君は、153のこと、どれくらい知ってるの?」



 前にも同じようなことを聞かれた気がする。俺たちのこと、監視しているだろうにどういう意図の質問なのか分からない。

 そこで、俺は唐突に違和感の正体に気づいた。初めから感じていた変なモヤモヤ。



「あなた…誰ですか?」


「…誰って……忘れちゃった? ミュエルだよ」


「いや、違う。あんたはミュエルじゃない」


「………どうして?」


「最初は漠然とした違和感だけで気づけなかったけど、まず喉仏がない。……身体もミュエルより華奢だし、何よりあいつは俺のこと〈君〉なんて言わない」



 話し方も、こっちの方が煽っている感じがない。



「………あーいけると思ったんだけど…」



 それはため息をついて、少し考えた後、諦めたように手をあげた。



「………」


「そうだよ、僕はミュエルじゃない」


「……誰?」


「僕はミュエラ。ミュエルの双子の姉さ」


「………天使は家族がいないんじゃ…」



 初めて会った時にアンジュが言っていた。家族はいないと。



「確かに、天使に家族がいるのは珍しいね。僕らは女神さまに選ばれた存在だから」


(選ばれた…?)


「153も…天界にいる天使たちも家族はいない。僕らはたまたま姉弟で選ばれたのさ」



 意味が分からない。女神から生まれたのではなく、女神に選ばれた?天使の生態が理解できない。


 タイミングがいいのか悪いのか、ここで料理が運ばれてきた。

 店員さんが去っていくと、ミュエラは話を続けた。



「女神さまはね…力と顔が全ての人なんだ。弱いもの、出来損ないはすぐに捨てられる」


「………」


「なのにどうして、153が今も捨てられずに天界にいれるのか…分かる?」



 ミュエラはミュエルと違って、包容力みたいなものがある。でも、彼と同じようにアンジュのことを見下している。腹が立つのに変わりはない。

 俺は彼女を睨みつけたまま、続きを待った。



「女神さまのお気に入りなんだよ、153は」


「………」


「僕らは元々人間で、死んだあとに天界にやってきたんだ。自ら子孫を残す悪魔とは違ってね」


「!」



 それはつまり…アンジュも元は人間だったということだ。



「そして、天使の中でも特に優秀な人に、女神さまが名前を授けてくれる」


「…人間の頃の記憶は?」


「ないよ、消されると言った方が正しいかもね。でも僕らには必要のないものだ」


「…記憶ないのに、どうして姉弟だって分かるんだよ」


「女神さまが教えてくれたから。教えてくれたのはそれだけだけど」



 アンジュが公園を見た時、『覚えている』と言ったことや、他にも変な反応をすることがあって…それはもしかしたら人間の頃の感覚がわずかに残っていたのではないだろうか。妙に納得できた。



「………じゃあ見た目は?」


「…んー人間だったころとあんまり変わらないかな。何せ、見た目で選ばれるんだから。……天使には性別という概念はないらしいんだけど、造形がそのままだから男と女に分けられる。…しいて言えば、全身のほとんどの色素を抜かれるくらいかな」



 天使が皆白いのは、色素を抜かれていたからだった。例えで使ったつもりが、本当だったとは…



「天界にいるときは何も食べなくても生きていけるんだけどね、ここにいる間は人間に適応するから、同じように生活しないと倒れてしまう」



 料理をつつきながら話す。

 最初にアンジュが倒れていたのはそういうことか。



「他に質問はある?」


「…ミュエルは、今どこにいる」


「ああ、今は反省のために閉じ込められているよ。相当暴れたからね。そろそろ出てこられるだろうけど、女神さまもかなり怒っていらしたよ」



 さも、当たり前のことのように言う。弟が心配ではないのだろうか。

 それに、女神が優秀な人に名前を与えたりするのは、少なくとも愛情があるからではないのか?



「色々納得がいっていないみたいな表情だねぇ」


「!」


「君はさぞ、甘やかされて育ってきたんだろうね」


「………どうしてこうもベラベラと話すんだ」



 おかしい。天使の事情などを、敵だと思っている相手に話すものなのか。

 何か…企んでる?

 正直に言って、ミュエラ…ミュエルよりも質が悪そうだ。

 天界からここの様子が見れるなら、今も誰かが俺たちを監視しているかもしれない。



「どうしてだろうね?……ちなみに、今は誰にも見られてないと思うよ?」


「っ………」



 俺の気持ちを読んだみたいに言ってくる。

 口角が上がっていても、目の奥が笑っていない。何も期待していないみたいな表情。でも、顔がいいから様になっている。



「………他の天使は? 地上にいるんだろ?」



 何を企んでいるのか知らないが、聞きたいことは聞いておこう。誰にも見られていないらしいし。



「え、いないよぉ」


「は!? ……でも、アンジュが…」



 初めて会った時、確かに言っていた。他の天使もアンジュと同じように、この人間界に舞い降りていると。



「あぁそれ…嘘嘘。僕が153にそう言ったんだ。何だか人間界に行くのが心配だったみたいだからさ」


「………」


「僕が言うのもなんだけどさぁ、153ってチョロいよね。みんなが見下してるのに気づかないで、言ったことぜーんぶ信じちゃうんだから(笑)」



 俺は握った拳に力を入れる。ここが公共の場だということで必死に理性を抑えつけたけれど、周りに人がいなかったら今すぐにでも殴り掛かってしまうところだった。

 さっきまで、煽るような口調はしていなかったのに、まるで俺をわざと怒らせようとしているみたいだ。



「…怒った?」


「いえ」


「……もういっか、話は。僕、今日は帰るね」



 俺の反応を見て、ミュエラはつまらなそうに視線をそらした。



「は? …俺を殺しに来たんじゃないのかよ」


「うーん、そうしたいのは山々だけど…。ミュエルが君のことを殺したいらしいから、弟に譲ることにしたんだ」



 さらりと言った言葉に冷や汗が出る。ミュエラが本気を出せば、一瞬で殺されてしまうかもしれない、そんな雰囲気。



「153のことも、ミュエルがどうにかしたいんだって。僕ってブラコンなのかなぁ」



 さっき、弟を心配する素振りすら見せなかったくせに、ブラコンなんて言葉を使わないで欲しい。

 ミュエラを睨みつけていたら、彼女は少し口角を上げた。



「またね」



 結局、料理に口もつけずに立ち去って行ってしまった。俺は、彼女を追いかけることもせず、しばらく呆然とその場に座っていた。

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