綺麗だよ
15
アンジュと出会った日のこと、今でも鮮明に思い出せる。
綺麗な白い髪に目を奪われた。そして天使だと知ったとき、すごく驚いたのも、まるで昨日のことのようだ。
「アンジュ」
部屋に入ると、ベッドの上にアンジュが座っていた。俺に気づいて、顔を上げる。
(綺麗な目……)
「……ごめん……あんな、姿見せて…」
アンジュが泣きそうな顔で話を切り出す。
俺はアンジュが、そのことでずっとひどい扱いをうけてきたのだろうと察した。自分の羽の生えていない姿はあんなもので、見せるのは恥だと教わったみたいに。
胸が、痛い。
「綺麗だよ」
「………」
だから俺は彼に近づくと、両手で頬を包み込んだ。柔らかく、もちもちとした肌が俺の手に馴染む。
「…俺、アンジュに話さなきゃいけないことがある」
「……何?」
俺の目を見つめながら、アンジュが口を開いた。薄く、桜色をした唇。まるで、全身から色素が抜けたみたいに、どこもかしこも白いアンジュは、それ以外の色がとても目立つ。
「俺が見た…夢の話」
そう言って、俺は自分が見た夢のことを、なるべく詳しくアンジュに話した。
まだ記憶が完全に戻っていないから、自分のことだと思えないところもあったけれど、それでも全部話した。
アンジュは時々表情を変えながら、黙って俺の話を最後まで聞いていた。
「………ルイが、悪魔の子…。だから目が…」
「そうだ、それ聞こうと思ってた。俺の目ってどうなってる?」
(ミュエルも、アンジュも同じことを言っていた)
「…あいつ! ミュエルは、どこ行った!? アンジュ、何もされてない?」
一番と言ってもいいほど重要なことをすっかり忘れていた。ミュエルは、今どこにいるんだ?
俺に肩を掴まれて問われたアンジュは、俺を安心させるかのように穏やかに話した。
「あの後……ルイが気を失った後、騒ぎを聞いて近所の人たちが公園にやってきたんだ。そしたら、ミュエルは舌打ちして帰っていった。『また必ず来る』って言い残して。それで、近所の人たちはスーパーの常連客だったから、僕とルイに気づいてくれて…家に連絡してくれたんだ。ルイのお父さんとお母さんが迎えに来て、一緒に家に帰ったって感じ。あとはルイも知っている通りだよ。中々起きなかったから、みんなすごく心配してたけど……。だからミュエルには何もされてない、大丈夫」
「………ごめん、守れなかった」
「どうしてルイが謝るの?」
あんなに、怯えてたのに。あんなに、ミュエルを…恐れていたのに。
俺が弱いせいで、アンジュを守れなかったことが悔しくてたまらない。
いつだって、大切な人を守れない。アンジュ、父上、母上、悪魔のみんな…。ミュエルの顔を思い出すと、腹が立って仕方ない。
「嬉しかった、ルイが羽を褒めてくれた時」
「……」
アンジュが俯いて、語り始めた。白いまつ毛が影を落としている。
「でも、その度に罪悪感が募って…、僕は本当は羽なんて生えてないのにって、ルイを騙している気分になってた。………あの時、ルイが僕の本当の姿を見ても、僕を守ろうとしてくれたこと、すごく嬉しくて……さっきも綺麗って…」
アンジュの肩が小刻みに震える。声も上ずり、瞳がキラキラ輝いていた。
「ルイは、守ってくれたよ」
そう言って顔を上げたアンジュの頬に、一筋の涙が流れていった。
(綺麗…)
羽だけじゃない。俺が綺麗だと思ったのは、アンジュ自身だ。それが、上手く伝わらない。
「でも、もっと強くならなきゃ」
アンジュの涙を拭い、俺はそう決意した。アンジュを守れるくらい強くならないと、ミュエルがまた来た時、俺はきっと殺される。
天使と悪魔の対立、悪魔の生き残りを探している天使…
「ルイの目、多分半分悪魔の血が流れているんだと思う」
「え?」
そう言ったアンジュは、部屋の中にあった手鏡を持ってきて、俺に手渡した。
俺の目、右目はいつもと変わらないが、左目が違う。黒目の瞳孔が細長く、猫のようだ。
そして、色も右目は青いサファイアのような色だが、左目は黄色いレモンクォーツのような色をしている。
夢、記憶の中で見たあの少年、ルシフェルと全く同じ目の色、目の形をしていた。間違いない。あの時も、顔は似ているけれど目が違うと思っていた。
「あと、ミュエルを吹き飛ばしたのも、魔力…だと思う」
「魔力……」
「ここからはあくまで僕の予想だけど、ルイはある条件によって、自分が悪魔であることを思い出すように設定されていて、魔力とか目とか、記憶とかはこれから段々と取り戻されていくんじゃないかなって思う。……悪魔のこと、あんまり知らないんだけど…」
「そっか…じゃあ、この力が完全に戻ったら強くなれるのかな」
「多分…」
よく分からないけれど、分からないからこそ、今はアンジュの予想を信じてみるしかない。
「あ、なら俺の傷の痛みがなくなったのも、魔力ってこと?」
「うん、僕たちは魔法がつかえるから、そうだと思う。僕の羽も…魔法で作り出したものだし…」
アンジュの顔が歪む。また、嫌なことを思い出させてしまったかもしれない。
「……僕とルイって敵同士……になるのかな」
アンジュが不安そうにつぶやいた。確かに夢のとおりなら、天使は悪魔を敵だと思っているし、色々と誤解している。
「僕、全面戦争のこと知らなかった。でも、ある日天界の天使たちが一斉にいなくなったことがあって、帰ってきたと思ったら『平和が戻ってきた。』とか言ったんだ。僕もそれを鵜呑みにしてた。………仕事だって、悪魔の生き残りを探せっていうふわっとしたもので、いるかいないのか分からなかったし。でも、役割を与えてもらえたことが嬉しくて…深く考えてなかった。……もっと、色々と考えればよかったのに」
天使がみんなアンジュのようなら、きっと父上が望んでいたこともできたのかもしれない。俺も、友達になれると思っていた。
でも実際、ミュエルのような人もいることを、俺は知ってしまった。人間界が思っている善と悪が必ずしも一致するわけではないと気づいてしまった。
天使側のことは分からないけれど、もっといい方法があったはずなのに…と思わざるを得ない。
「アンジュはアンジュだよ…って、言うのは簡単なんだけどね」
天使と悪魔の間のわだかまりがなくなるわけじゃない。そもそもどうして両者は敵対関係にあるんだろう。
「でも、これははっきり言える。アンジュは悪くないし、出来損ないなんかじゃない」
俺はそう言って、彼の頭を優しく撫でた。アンジュは顔を上げ、わずかに微笑む。
「俺、力を使いこなせるように頑張るよ。次いつミュエルが来てもいいように」
「ルイ……。うん、僕も手伝う」
「ありがとう」
「あ…ルカとルナもすごく心配してたから、顔見せに行ってあげて」
一通り話し終えると、アンジュは思い出したように言った。
俺は頷いて自分の部屋を出ると、すぐに二人の部屋に向かった。アンジュは、ついてこなかった。




