強くなりたいです!
13
昔々、天界には天使と悪魔が存在していました。両方は対立し、天使は悪魔を敵視していました。
人間界では天使が正義、悪魔は悪だと言われてきましたが、実際に悪魔の頂点に立つ魔王は、とても心の優しい人でした。
彼はいつか天使たちとのわだかまりを解消し、両者が共存する世界を作りたいと思っていました。
そして定期的に仲間たちを集め、そのための会議を開いていました。
それを一瞬のぞき見した天使が、悪魔が天使を滅ぼそうと考えていると勘違いをしてしまいました。
それを聞いた天使の頂点である女神は大変腹を立て、悪魔と全面戦争することを決めました。
いきなり天使に攻め込まれた悪魔たちは必死に抵抗したのもむなしく、圧倒的に天使の戦略勝ちで全滅してしまったように思えました。
しかし、唯一魔王の幼い子供だけが、魔王の手によって人間界に投げ出されたのです。
魔王とその妻は力全てを使って、息子を人間の見た目にし、本当に守りたい人が現れた時に力が発動するように、自分の魔力と愛情を込めました。
どうか、この子が幸せでありますように。幸せになりますように。という願いを込めながら。
こうして、悪魔の世界は無くなり、天界は天使が支配するようになりました。
**
はっ……………
俺が目を覚ますと、そこは真っ白で何もない空間だった。
何もないのに、どこまでも続いている。
身体を動かしていないけれど、そんな感じがした。
ここは、どこだろう。
夢を……見た。
意識を失ってから、とても長い夢を見た気がする。天使と悪魔のお話。
不思議と懐かしい気持ちになった。なぜだろう…。
『ルシフェル…』
「!」
俺の耳に、低音の心地いい声が聞こえてきた。驚いて辺りを見回す。しかし声の主は見当たらない。代わりにひどい頭痛が俺を襲った。
(痛……)
**
『ルーザ、ルーザ!今、私に向かって微笑んだぞ』
『良かったですね、ルシファー』
『ルシフェル、我が息子よ。可愛いなぁ』
もう一度、声が聞こえてきた。それと合わせて、俺の脳内に記憶のようなものが流れてくる。
声も…俺の頭の中で再生されているのか?
まるで夢の中にいるみたいだ。
二人の人物が俺を覗き込んでいる状態で、隙間から黒い天井が見える。何だか禍々しい。
一人は男で大きな体、頭には角が生えている。背中には大きな黒い翼、マントや来ている服はどれも重くて、高級そうだ。まるで漫画や小説などで出てくる魔王のような……
そしてもう一人は女、とても綺麗な長い黒い髪、頭に角は生えていない。背中には男ほどではないが、それなりに大きな黒い翼、黒いドレスはスタイルを強調させていて、とても似合っている。笑った時に牙のようなものが覗いているが、それすらも美しい。
懐かしい声、懐かしい名前、懐かしい…人……
なぜだか目から涙が止まらなかった。
『魔王様、会議のお時間です』
二人以外の声が聞こえる。魔王、という言葉にルシファーと言われた男が顔を上げる。
『ああ、今行く』
『ルシファー。ここ最近、忙しすぎるのではないですか』
『大丈夫だ。早く…早く策を見つけないと』
『でも、私はあなたの身体が心配なのです。それにこの子も……』
ルーザが俺の頬を撫でる。
『すまない。だが、大丈夫だ。天使と共存できる世界を、私が作ってみせる』
『………』
俯いたルーザを抱きしめ、ルシファーは部屋を出て行った。
『ルシフェル、あなたの父はとても勇敢です。でも…』
そこでルーザの言葉はきれ、俺の視界にノイズのようなものがかかった。
再び目の前が真っ白になるが、すぐにまた別の場面へと切り替わった。
『ほーらルシフェル!』
『父上!これ楽しいです!』
今度はそれを、俺は第三者の視点で見ていた。
目の前には広い庭、草木が生い茂り、鳥が飛んでいたりする、優雅な場所だ。俺は…この場所を覚えている。いや、思い出したと言った方が正しいだろう。
そこにルシファーと、彼の手の中に、ルシフェルが持ち上げられていて、とても喜んでいる。ルシフェルは大体四歳くらいの子供だった。見た目は俺にそっくり。そこで俺は、五歳くらいまでの記憶が抜け落ちていることを思い出した。以前、不思議に思って親に聞いたことがあるけれど、はぐらかされたのだ。
傍にはルーザも立っていて、微笑ましそうに二人を眺めている。
仲の良い、理想の家族の映像のようだ。
『ねえ、父上…』
ルシファーに持ち上げられながら、ルシフェルが問いかける。
『何だ?』
『父上は、毎日何を話し合っているのですか?』
『……』
『母上が言っていました。これからの僕たちに必要なことなのだと』
『そうだ。…ルシフェルは、私たちを正義だと思うか?』
『……?』
『天使がいるのは知っているだろう』
『はい、僕たちと同じ天界に住んでいて、敵…だって』
『ああ、今はそうだな』
『今…?』
『私が、それを変える』
『父上が…?』
『そうだ。私は、戦いに勝つことが正義だとは思わない。綺麗ごとかもしれないが、やっぱり争うことを避けたいのだ』
『どうして…ですか?』
『みな、戦うために存在するわけじゃない。幸せになるために存在するのだ。私は私として生まれたことに誇りを持っている。……誰であろうと消えてしまうことは、悲しいからな』
『…僕も、父上や母上…悪魔のみんながいなくなるのは嫌です』
『私もだ。…天使と共存する未来をつくる。そのために、話し合いをしているのだ』
『共存…?』
『ああ、みんなで仲良く暮らすってことだよ』
『それ、すごく素敵です!僕も天使と友達になれる、ということでしょうか』
『もちろんだ!私の腕の見せ所だな!』
『ふふふ!楽しみです!』
ルシファーとルシフェルが笑いあう。それを、ルーザが愛おしそうに見つめる。
『……だがルシフェル、これは覚えておいて欲しい』
『何ですか?』
『もし、戦いが起こるようなことがあれば、私は真っ先にルシフェルとルーザを守る』
『………』
『全員を守る、なんて虫のいいことは言えない。所詮、私も家族が大事なのだ。いざとなったら、この身体が朽ち果ててでも守ってやる』
『…じゃあ、僕も。僕も父上や母上を守れるように、強くなりたいです!』
『それは頼もしい! な、ルーザ』
『そうですね、とても楽しみです』
そこでまた、俺の視界にノイズが入ってくる。三人の姿と声が遠ざかっていく。
またすぐに別の場面に切り替わった。
様子がおかしい。
ここは、魔王城の中だろうか。辺りは炎のようなものに包まれていて、悪魔らしきものたちが右往左往している。それらを確実に、一匹一匹仕留めているものが見えた。
白い髪に…白いまつ毛…白い……羽。
(天使……?)
俺の視界からは、慌ただしく動く城の中が見える。多分、ルシフェルの目線だ。
俺の周りには、家来のような人たちがいて、天使と必死に応戦して守ってくれている。
俺を抱いているのは、ルシファー、その横にルーザ。ルーザの顔は緊迫していて、この状況が異常事態だと物語っていた。
二人はある部屋に着くと、中に入り扉を閉めた。
『ルーザ、ルシフェルを頼む』
『いけません、あなたと共に』
『ダメだ、……この子のためにいてやってくれ』
『ごめんなさい。私は……最後をあなたとともにしたい、それだけは譲れない。ずっと……決めていたことなのです』
『っ……』
『ずっと一緒です、ルシファー』
『ルーザ……』
ルシファーが俺を見る。しばらく何かを考えていたが、決意が固まったように顔を上げた。
『分かった。ルーザ、力を貸してくれ』
『はい』
『二人分の魔力をルシフェルに注ぐ。……そして、この子を人間界へと舞い降りさせる』
『この子があちらでも苦労しないように、見た目も人間らしく、悪魔の力は封印させましょう』
『ああ、それと……、ここにいた時の記憶は停止させよう』
『………はい』
『大丈夫、私たちの注いできた愛情はそのままだ。きっと…心優しい誰かの元へ舞い降りると願いを込めよう』
『ええ……』
『ルシフェル、我が息子よ。愛している…』
『愛しています、ルシフェル』
『…………心優しき人間よ、我が息子を頼む。どうか、たくさんの人に愛されますよう…』
『そして、命を懸けて守りたいと思える誰かに巡り会えるよう……』
二人はそう言うと俺の額に口づけをし、目を閉じた。
辺りに真っ黒い靄が立ち込め、次の瞬間視界が真っ白になった。
二人の姿ももう見えない。最後に見えたのは、とても頼もしく微笑んだ、父上と母上の表情だった。
俺は二人の魔力で、人間界まで移動しているのだと分かった。




