お前…その目……
12
愛しいと、思うことがある。それはふと見せる表情や、仕草、ツンツンした態度すらも。でも一番は……
「み、みないでぇ」
震える声で弱弱しく縮こまったアンジュを、俺はただ見ていることしかできない。心臓がつぶれそうなくらいの感触が、身体の中に存在しているのだけは分かった。
アンジュをすぐに抱きしめたいのに、身体中が痛くて立てない。
それでも、服が汚れるのも構わずに、俺はアンジュのもとへ這いずって近寄った。
しかし、
「何してるの?」
俺の行く道を、ミュエルが塞いでくる。彼に見下ろされているが、今はそんなことどうでもいい。
「あん…じゅ……」
俺は声を絞り出して、アンジュに向かって手を伸ばす。だが、まだアンジュとの距離はかなりあるので、手は行き場をなくして地面におちていく。
「健気だねぇ。こんな出来損ないのために身体張るなんてさ」
「ちが…う。あん、じゅはできそこな…いなんかじゃ…」
「る…い……」
俺の言葉に応えるように、アンジュが震えながら名前を呼ぶ。顔は涙でぐしゃぐしゃだ。泣かせたくなかった。
喋るたびに蹴られた腹が痛む。でもそれ以上に俺は、ミュエルの発言に沸騰するくらいの怒りを覚えていた。
「うるさいなぁ。出来損ないなんだよ、153は。天使のくせして羽は生えてないし、せっかく仕事を与えてもらったのに、それすらもできないんだから。…あぁでもその仕事っていうのも、いるのかいないのか、生きてるのか死んでるのか分かんない悪魔の生き残りを探せってやつなんだけど(笑)」
(悪魔…?生き残り?)
さっきから、女神とか悪魔とか、現実離れした単語が飛び交って、脳の理解が追い付いていかない。まあアンジュで慣れてしまったが、天使も大分現実離れしているけれど。
「人間とは表面上の付き合いだけで十分なんだよ?僕たちの足元にも及ばない存在なんかと仲良くなる必要なんてないだろう。153にはちょうどいい相手だったのかもしれないけどね(笑)」
さっきから、アンジュのことを見下さないと気が済まないのかってくらい、アンジュのことを悪く言い続けている。それに、人間のことも。
何の権利があってこいつはアンジュを悪く言えるんだ。どれだけ偉い立場であろうと誰かを……アンジュを傷つけていいことなんてない。
「もういいや、お前は」
俺に興味をなくしたのか、ミュエルは視線を逸らすと立ち上がった。
そして、再びアンジュのいる方へと近づいていく。
(やめろ。やめろ、アンジュに…近づくな)
俺の、腹の底の底から、力のようなものがみなぎってくる感覚がした。どうしてか分からないけれど、段々と腹の痛みもおさまっていく。
「やめろ」
はっきりと声が出た。その言葉にミュエルの肩がピクリと震え、面倒くさそうに横目で俺を見る。
「はぁ、しつこいなぁ。……………?(何だ?この感じ…)」
しかし様子が変わり、今度は真っ直ぐに俺に向き直ってきた。
俺も身体を起こし、立ち上がる。
「お前…その目……」
ミュエルが俺を見て目を見開いた。そして俺の顔を指さし、そうつぶやく。
(目……?)
特に目の違和感は感じられない。一応手で触ってみたが、ちゃんと二個ついているし、血などが出ている様子もない。
だがそこで、何となく自分の目がいつもよりも見えていることに気づいた。
目が悪いわけではないが、めちゃくちゃ良いというわけでもない。遠くの文字が見えないこともある。けれどそれが今ははっきりしているような……
「まさか…こいつが?…ありえない……」
ぶつぶつと言っているミュエルの横を通り過ぎ、アンジュの元へ駆け寄る。まだ地面に打ち付けられた時の痛みは消えていないから、手で身体をおさえながら。
「アンジュ、大丈夫?」
「ルイ……ごめん、僕…」
アンジュは泣き腫らした目で僕を見ている。だから、俺は彼の目元を優しくこすった。こんなに愛おしい人を、平気で傷つけるミュエルを許せない。
彼は俺の手に安心した顔で俯いた。
再び俺の腹の底でふつふつと力がみなぎってくる感覚がする。すると、今度は全身の痛みが一気に引いていった。さっきから、何が起こっているのか全く分からない。
俺の身体に一体何が起こっているんだ?
「ルイ…目………」
考え事をしていた俺の顔に、アンジュが手を伸ばしてくる。心配そうな顔をしたアンジュだったが、すぐに顔が青ざめた。
「ルイ‼後ろっ‼」
アンジュの叫び声が聞こえた。
俺が後ろを振り返ると、彼が俺とアンジュに向かって攻撃を仕掛けてくる様子が、まるでスローモーションのように流れていた。その時間は一秒にも満たないはずだ。
さっきは速すぎて見えないと思っていたミュエルの動きがはっきりと見える。
(アンジュ!守らないと‼)
俺はアンジュを庇うと同時に、強くそう思った。
すると…
目の前が真っ黒に染まった。
いや、夜だから元々暗くはあるけれど、それとはまた違った黒さ…。
ミュエルが唱えた時に見えた眩しい光と、正反対のもの。
そして、ミュエルはその黒いものと一緒に、公園の端まで吹き飛ばされていった。
俺の方はというと、その瞬間意識を失った。




