ぼくは戦争を知らない⑦
ある夜、先生とぼくは夕食がすんでから、隊長の部屋に呼ばれた。
「お呼びでしょうか」
「…我々の隊に、特攻命令が出された。出撃は八月二日だ」
今日は七月弐十九日。
ぼくは首を傾げる。
『特攻命令』てなに?
「自分以下、二等兵まで全員への命令である。もしもその出撃で、自分たちが帰還しなければ、迷わず第九隊に行け」
今夜も空襲警報が発令され、この舞鶴の部隊からも、何機かの戦闘機が飛び立って行く。
あの人たちはどうなるんだろう。
「聞いてもよろしいですか」
先生が隊長を見上げた。
「なんだ?」
「隊長殿は、ご自分の命と…お国のための戦争。どちらを選ばれるのですか?」
ぱしり、と先生の頬が鳴った。
隊長が平手打ちしたんだ…。
「誰にものを言っている」
「失礼致しました」
「…他の誰の目や口があるかもしれない場所で、滅多なことを口走るな。たとえ、それが上官の部屋であってもだ」
ぼくは怖くなって、先生の服の裾をぎゅっと掴む。
「…意味のない戦争をして、国民を死に追いやり、国民を惑わせている、国の政治を…正したかった」
「…隊長殿…」
これが隊長の本音。
たくさんの部下には見せられなかった彼の本心。
「それが出来ないなら、自ら命を絶つしかない時代だ。お上の命令には背けない。…後の時代は、平和になって欲しいものだな」
そう言って、彼は空を見上げた。
赤く染まった空。
たくさんの人々の命で、赤く染まっている…。
赤く燃える空には星なんて見えない。
「今日はもう休め。ご苦労だったな」
「失礼します」
ぼくらは隊長の部屋から退出した。
「先生、特攻命令てなに?」
「零戦とか、人間魚雷とか、聞いたことがないか?今回の特攻命令は…戦闘機に乗って、敵さんの戦闘機に突っ込むのさ。勿論死ぬ覚悟で出陣するから、燃料は片道分しか積んでいかない…」
「どうして、そんなことをするの?」
「国のために、命を散らすのが美徳だと考えられているんだよ…」
「わからない…」
薄い布団に潜り込みながら、、ぼくは先生を見上げる。
「狂っているのさ、この国の人間は」
「…そうかも知れないね」
「気合い入れないと、俺たちにも、明日がないかも知れないぞ」
その言葉がぼくの胸を強く叩いた。