ぼくは戦争を知らない⑥
目をそらしていた現実。
知らなかった真実。
希望に満ちた未来。
なのに
こんな時代があった。
目をそらしていた現実、知ろうとしなかった真実。
あまりの残酷さに、ぼくは目を背けてしまった…。
「それで、ここの部隊で雑用として労働参加するのか?」
「はい。自分たちは、兵役には参加できませんでしたので」
先生は、兵隊の偉い人と話している。
偉い人だけど、ずいぶん若い。
「いいだろう、矢草大空、矢草可南。本日より雑用としての入隊を許可する」
「ありがとうございます」
先生は敬礼で答えた。
ぼくもそれを真似した。
「新入りだって?」
厨房でぼくたちは紹介された。
そこにいたのは、雑用係の人じゃなくて、軍服を着た兵隊さんたち。
「本日より、雑用として入隊を許可されました、矢草大空であります」
先生は自分の自己紹介をしてから、ぼくの肩を軽く叩いた。
「自己紹介」
「う…矢草可南です。よろしくお願いいたします」
思わず、本当の自分の名前を名乗りそうになったよ。
兵隊さんたちも次々、自己紹介してくれる。
みんなほんとに若い人ばっかりだ。
ぼくくらいの年齢かも。
「頑張ってくれよ」
ぽんと肩を叩いてくれたのは、さっき先生と話していた人。
きっとここで一番年上で、一番偉い人だと思う。
「さっきの人は誰?」
夕食の汁物に使う菜っぱを小さなナイフで切りながら、ぼくは小声で先生に尋ねた。
「ここの隊で一番偉い人。吉田隊長殿だ」
「ふぅん」
大きな鍋に、たくさんの湯を沸かして、ほんの少しの味噌で味付けした、菜っぱ(なんの葉野菜なのかわからない)入りの味噌汁。
これでも一般家庭の料理より贅沢らしい。
お粥というより、重湯に近い薄い粥も大鍋で作る。
それに大量のふかし芋。
「今日は贅沢だなぁ。芋まであるぞ」
若い兵隊さんが、ぼくは手元を覗き込んで嬉しそうに笑った。
「いつもは、粥と味噌汁でもご馳走だからな」
そうなんだ…。
こんな人間の食べ物とは思えない、粗末な食べ物でも、この時代ではとても貴重な食料なんだ。
贅沢言えない。
生きていくためには食べないといけないから。
好き嫌いなんてしている場合じゃない。
「近所の住民の方々からの差し入れだ。貴重な芋だからな」
違う兵隊さんが笑顔でいう。
「自分たちの食料から、これだけ分けて頂けたんだ、恥じない戦いをしないとな」
「はい!」
話の内容からわかったこと。
ここは、京都府の舞鶴らしかった。
舞鶴といえば、現在の海上自衛隊の基地がある場所だったはず。
先生の知識からこの部隊は、そんなに危なくないこともわかった。
それでも、いつ戦場に行けと命令されるかわからない。
みんな1日1日を精一杯生きている。
そんな姿を、ぼくは毎日見てきた。
耳が悪い、というぼくの前で、彼らはぽつりぽつりと話していった。
日々、迫り来る恐怖を。
戦争が始まる前の、楽しかった日々のことを。
ぼくは聞こえないふりをして、彼らの正直な気持ちを受け止めた。
痛い、痛い言葉たちだった。
一人で抱えるのは重すぎて、ぼくは毎晩、先生の布団の中で泣きながら眠りについた。
ぼくらのような雑用には、隊の情報が入ってこない。
今、日本はどこまで勝ち進んでいるのか、なんてことも全くわからない。
国民も同じ気持ちなのだろう。