ぼくは戦争を知らない⑤
二人で地下の部屋(防空壕というらしい)から這い出す。
もうサイレンは鳴っていない。
「…先生」
「ヒロタカでいいぞ。今からしばらく先生はナシな。お前は俺の弟だ」
手を繋いだまま、大通り…と思われる場所に歩いていく。
「ここ、どこですか?」
「さっきのおじいさんが言っていただろう?昭和弐十年の日本。おそらく、太平洋戦争の真っ只中じゃないか?」
昭和20年?
え、かなり前の年号だよね…。
その言葉が信じられなくて、ぼくは反対側の手で自分のほっぺたを思い切りつねった。
「痛い!」
「…何をしているんだ、うさぎ?」
「夢じゃないのかなぁ…って思って」
「最悪なことに、それが夢じゃないんだな。いいか、俺がいないところでは絶対に動くな。命の保証が出来ない」
ぼくは頷いて、もらったばかりの頭巾をかぶった。
自分の身体を見ると、カーキ色の服を着ている。
学ランみたいな感じ?
これはなんだろう?
「兄さん、これなに?」
「…っ」
「…兄さん?」
先生は片手で顔を覆っている。
「どうしたんですか?」
「兄さん…て呼ばれて。なんか、ヤバイ気分になりかけた」
「…先生、の方がいいですか?」
彼は首を振る。
「いや、大空でいい」
そう言って、彼はぼくの服の襟を正した。
「これは、国民服ってやつだ。『火○の墓』っていうアニメは知っているか?」
「はい」
確か毎年八月に再放送してるやつだ。
「それだ、火○の墓をリアルタイムで体験していると思えばいい」
ぼくはふと思った。
「これだったんだ、あの夢の正体…」
「今から歩くが、大丈夫か?」
ぼくの頭を頭巾の上からポンポンと叩いて、先生は歩き出した。
「どこへ行くんですか?」
「兵隊さんの部隊だ」
「なにをするんですか?」
「雑用にでも、使ってもらわないとな」
わざわざ兵隊さんの部隊に向かうなんて、理由があるのかな。
「普通に、街で暮らすことは出来ないんですか?」
「若い健康な男はみんな、戦争のための兵隊に取られているんだよ。女も子供も、老人も、米兵を倒すための教育を受けている。そんな中で、俺たちみたいな若者がのうのうと住めないワケよ」
あー、なんか聞いたことあるかも。
「戦争に反対なんかしてみろ、住民全員から村八分にされて、警察に連行される…。非国民っつってな。一応、俺は記憶に障害があって、お前は耳が悪いことにしておくからな」
「…はい」
ぼくは繋がれた手を、またぎゅっと握った。
赤く見えた空は、空襲で赤く焼けた街の火。
あの大きい音は、米軍の戦闘機から投下された焼夷弾の音だったんだ…。
テレビや、漫画では知っていた世界。
本物は、こんなに生々しいんだ。
「それで、ここはどこですか?」
「はっきりはわからん。おじいさんのイントネーションから、関西だと思うが…。広島と、長崎でないことを祈ろう」
「はい…」