ぼくは戦争を知らない④
ズガーン!ズガーン!
ウー、ウー。
爆音が耳をつんざいた。
「きゃあ!」
ぼくは耳を両手でふさいで、地面に座り込んだ。
「大丈夫か!」
誰かがぼくの腕を掴んで、引っ張って立たせる。
「先生!」
涙の溜まった目を開けて見ると、手を引っ張ったのは先生だった。
「なんだぁ?ここは一体、どこなんだ?」
ここ、どこ?
あの爆音はなに?
花火じゃない。
今は夜、なんだと思う。
なのに、なんで空があんなに赤いの?
近くにあるスピーカーからは、サイレンが鳴り続けている。
わんわん響く声が音割れしながら、『空襲警報』と繰り返した。
「そうか、なるほどな…」
先生が呟いて、ぼくの手を握る手に力を込める。
「そこの若いの二人、死ぬつもりなんか!」
前方に見えたおじいさんが、ぼくらに向かって叫んだ。
「二人分…。いや、一人分でいい。こいつを入れてやってくれ」
先生の言葉に彼は頷いて、ついてこい、というような仕草をした。
民家の庭に掘られた跡。
地下に作られた小さな部屋には、たくさんの人が入っていた。
「怪我はしとらんか?若いの」
「ああ、助かりました。ありがとう」
先生はぼくの手を握ったまま、おじいさんに頭を下げた。
「お前らは、非国民なんか?」
ん?ひこくみん…てなに?
「いや…。おじいさん今は昭和何年だ?」
先生がおじいさんに聞いた。
「なにを言いよるか、昭和弐十年じゃろう」
おじいさんが怒ったように、眉を吊り上げる。
「俺は、記憶に障害があって、兵隊になれなかった。弟は生まれつき耳を患っていて、俺がいないとなにも出来ない。…そんな俺たちだけど、お国のためになにかをしたい。…どこに行けばいいだろうか?」
先生の言っている意味がよくわからなくて、ぼくは握られたままの手に力を入れる。
「それやったら、第八部隊に行ってみたらいい。雑用くらいはできるだろう?」
「ありがとう」
サイレンの音が止まった。
外が静かになる。
「さて、行くか」
先生がぼくの肩をつついて、ぼくの目を見て、ゆっくりと口を動かした。
ん?なに?
首を傾げて、しばらく考えた。
ああ、そうか。
ぼくは耳が悪い設定だから…。
そう理解して、ぼくは頷いた。
「本当にありがとう。助かりました」
「あ、待って」
おばさんがぼくの肩を叩いて引き止める。
「これを持っていって」
そう言って差し出されたのは、帽子。
ふかふかした座布団みたいなやつ。
ううん、違う。
綿入りの防空頭巾なんだと思う。
「…これ」
「息子に渡すつもりやったんやけど…もう帰って来んからあんたに」
ぼくは彼女を見た。
ちょうど母親と同じくらいの年齢か。
「死んだらあかんよ」
その言葉にしっかり頷いて、頭巾を受け取った。
「ありがとう」