ぼくは戦争を知らない③
「ぼく、先生のところへ行ってくるよ」
「そうか、じゃあ…先に帰るぞ」
「うん、ごめんね。ありがと」
放課後、岡野たちと別れてぼくはひとり社会科資料室に向かった。
廊下の一番奥のドアをノックする。
「はいよ、誰だ?」
中から先生の、のんびりした声が返ってきた。
「あの…羽咲です」
「鍵は開いてるぞ」
その言葉に、ドアを開けて中に入る。
「失礼します」
「どうかしたか?」
「えっと…すみませんでした。授業中に倒れてしまって」
「いや。やっぱり、内容が生々しかったか?」
ぼくは首を横に振った。
覚えているのは、原爆が投下された後の広島、そして長崎の街の光景だけ。
「ココア、飲めるか?」
「はい、大好きです」
しばらくして、先生はアイスココアを持ってきてくれた。
グラスをひとつ、ほくの前に置いて、もうひとつは自分の前に。
「いただきます」
甘いココアは気分を和らげてくれる。
「あの、先生…。予知夢って信じますか?」
「予知夢かぁ…。あったら羨ましい超能力だよな」
バカにするでもなく、先生はそう答えた。
「岡野から、ちらっと聞いたんだが、お前には予知能力があるらしいな。それも強力な夢見の」
「そんなんじゃないです」
ぼくは首を振る。
「たまたまってことも考えられますよね」
「いや、たまたまで古墳が出たらびっくりするだろう?今回も夢を見たらしいな。で、今回は?」
先生はぼくをみる。
「…戦争の夢を見たんです。ビデオで見た、原爆投下後の街の光景…。あれをぼくは見ていました。…ビデオじゃなくて、こう直接肌で感じた、というか。そこにいたというか…」
有り得ない話なのに、先生は笑いもせず、真剣にぼくの話を聞いてくれている。
「そうか」
ふと、目の前のグラスに入っているココアが揺れだした。
「あれ?眩暈?」
「ばか!地震だ、伏せろ‼」
がしゃーん!
机の上にあった地球儀が、床に落ちてバラバラになるのを、ぼくはスローモーションで見ていた…。