ぼくは戦争を知らない①
本当ならぼくはそれを知らずに一生を過ごしただろう 。
それを知ったのはたぶん時間のいたずら。
これからのぼくの人生を大きく変えた、ひとつのできごと…。
『 ぼくは戦争知らない』
また雨になった 。
「羽咲ー!濡れるぞー!」
頭上から声が降ってきて、ぼくは顔をあげた。
教室から呼んでいるのは担任。
「今からいきまーす!」
ぼくも大声で叫び返した。
足元にいたウサギたちはそんなぼくには慣れっこで、びっくりした風でもなく、ふかふかと干し草を食べている 。
時間を見ると、チャイムまで1分を切っている。
「マジかよー」
ウサギ小屋を飛び出して、そのまま3階までダッシュする。
ぼくの名前は羽咲可南。
うざき・かなんと読む。
決してうさぎではない。
6月下旬のある日。
梅雨前線のせいで、天気予報どおり雨になった。
「もうだめだー」
「びしょ濡れじゃん」
ゼイゼイと息を乱しながら教室に飛び込んだとたん、頭の上からタオルが落ちてきた。
「風邪ひくぞ」
タオルをかけてくれたのはクラス長の岡野。
小学校時代からの友人で、幼馴染み。
「うさぎくん、大丈夫?」
そう声をかけてくれたのは、岡野のガールフレンドのさやかちゃん。
「ありがとう」
「うさぎ小屋の餌当番か?」
「ううん。今日はミルクとデート」
ミルクというのはうさぎ小屋にいる真っ白いウサギの名前。
「あれ?先生は?」
「全力疾走で上がって来たようだが、ホームルーム終わったぞ」
タオルでゴシゴシと濡れた頭を拭いてくれながら岡野が言う。
「えー、走ってきたのに…」
「安心しろ。出席扱いされているから」
「良かったー」
ぼくはいそいそと自分の席に着いた。
ワイシャツが濡れて気持ち悪い。
それに、冷たいし…。
「昨夜、変な夢を見て…」
「変なのはいつもだろう?」
岡野はぼくの前の席。
椅子に後ろ向きに座っている。
「失礼な」
「ごめんごめん。で?どんな夢を見たんだ?」
「んー…。戦争の夢」
ぼくは変な能力を持っているらしく、超能力研究会から狙われているらしい。
岡野が言うにはすごい予知能力なんだとか。ぼく自身、まったくの自覚なしなんだけど…。
「なにかの漫画読んだか?」
「ううん。何も読んでないし、特番も組んでなかったよ」
「原爆の日も、終戦記念日もまだ先だもんな」
岡野はルーズリーフを僕の机の上に置いた。
「また、何か起きるんじゃないのか?」
「… またって…。何か起こしたっけ?」
彼はうなずいてルーズリーフに文字を書いていく。
「1年前の地震予告。これが、まず一つ目だよな …。ナマズ男って呼ばれたっけ」
「うっ…」
「それから、その次が南山の古墳発見。これは某大学の考古学の教授もびっくりした二つ目。 3つ目がほら。校庭からの白骨化死体発見事件。 この3つだ」
「…やだなぁ」
「この3つは全部、お前の『夢』で見た場所で起こったり、発見されたりしているんだぞ。 絶対に今度も…」
うぅ…。
悩んでいたところに、ドアが開いて担任が入ってきた。
「おーい、席につけよー」
「起立」
岡野の号令で、授業が始まった。