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「キャサリン、私の可愛いキャシー。こっちへいらっしゃい。」
ベッドで横になったままのお母さんが私に向かって腕を伸ばす。
抱きついて胸におでこを擦り付けると、少し笑いながらお母さんが私を抱きしめ返してくれた。
もう一年以上もお母さんはベッドに寝たきりで、ツヤツヤだった金髪は赤っぽくパサパサになっているし、身体もものすごく細い。首や胸や腕の骨がそのままわかるくらい浮き出てる。
「キャシー、体を起こしてもらえる?」
掠れた小さな声で頼まれて私はお母さんの体をグッと引っ張って起こし、背中に枕を当てて支える。
8歳の私でさえ引き起こせるくらい軽いお母さんに少し悲しくなる。
お母さんは私の頭を何回か優しく撫でてからベッドサイドのチェストの引き出しを開けようとして少しふらついた。
「お母さん、大丈夫?何か取りたいものがあるなら私が取るから!」
「ごめんなさい、キャシー。お母さんはもうすぐいなくなってしまうわ。
あなたの成長をずっとみていたかったし、あなたにもっともっと色んなことをしてあげたかった。
ごめんなさい…」
お母さんはハラハラと涙を流して身体を支えている私の腕を掴みながらチェストの引き出しを開け、中から一冊のノートを取り出した。
「これは私の実家に先祖代々伝わる呪具よ。あなたを守り、幸せへと導いてくれるはず。
決して誰にも見つからないようにしまっておくのよ?」
そのノートを手にした瞬間、思わず「うわっ」と声が出た。
ノートの表紙には『DESUノート』と太くて黒いマジックで書かれている。
私の字で。そう、私の字だ。
なんか思い出せない事あるんだけどなんだったっけかな〜っていうのが、あ!って急に思い出した感じで、しっくりきた。そうそう、そうだよ。
私の前世は前田美優、16歳で車に轢かれて死んだはず。
今の私はキャサリン・テンダー。男爵家の一人娘。8歳。
昔から成長が早いとか大人びてるとか言われてたけどそりゃそうだよね。
忘れてたとはいえ奥に16歳の私が眠ってたんだもん。
そしてお母さんはシルヴィア・テンダー。
ガリガリで顔色も悪くてもう今にも天に召されそうだけど、優しくて、上品で、美人の自慢の母親だ。
父親はいるけどあんまり見たことがない。
てか、多分お母さんと私は冷遇されてる。
部屋は狭い暗い寒いの三重苦だし、ご飯もあんまりもらえてなかったもん。
もしかしたらお母さんがこんなに具合悪いのはお父さんのせいなんじゃないの?
あのオッサンコロス。
そして目の前にあるDESUノート。
呪具って、これ普通の大学ノートだよ。
前世ではDEATHノートだったはずなのになんで微妙に変わってるんだろ。
なんか頭悪い感じして、すごいヤなんだけど。
てか呪具ってなんやねん。
まあ、書くけどね。DEATHノートならぬDESUノート。
今世1号目のターゲットは父親のあのオッサンに決定だな。
何はともあれこの状況をどうにかして、お母さんを元気にする方法が無いか考えなくちゃ。
もう私はただの8歳のキャサリンじゃない。
16歳の美優も中にいるんだ。
どうにかなる。どうにかする!
「キャシー?どうしたの?」
突然固まった私の顔をお母さんが心配そうに覗き込む。
「お母さん。ううん。なんでもないよ。
いなくなるなんて言わないで。私はずっとお母さんと一緒にいたいよ。」
「…っ。そうね。キャシーを1人になんてしないわ。変なこと言ってごめんね。」
お母さんはそう言ってまたハラハラと涙を流した。