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辛い時に繋がる化け猫割烹料理店 ギン

作者: 梅田 時央

 喉が痛い。でもお腹が減った。だけどご飯を作る元気がない。

今年30歳になる櫻井 正志はインフルエンザを罹ってしまい寝込んでいた。


 櫻井の職業は、エンジニア。

ホームページの作成から企業依頼のシステム作成までなんでも受ける中小企業に勤めており繁忙期は泊まり込みも当たり前。そんな夜も朝もない生活に櫻井は疲弊していた。

 そんな時、誰かがインフルエンザにかかっているのに気づかず出社し課内にインフルエンザが蔓延し、櫻井も例に漏れず罹ってしまったのだ。


 誰が原因だとか、ただでさえしんどい時に、やめておけばいいのに犯人探しと憶測のチャット更新音が、絶えず鳴っていた。


 薬を飲むためにも何か腹に入れなければ。

重たい体を引きずるようにして櫻井は寝室からリビングへ出ようとドアに手をかけたとたん、目の前がチカチカし辺りが真っ白になり立っていられず、櫻井は腰からストンと尻もちをついてしまった。


 すると白モヤの中、鰹の甘いような芳醇な出汁と新鮮なネギの辛味のある匂いが詰まり気味だった鼻を駆け抜けた。


 あれ?夢かな。辛いくらいなら夢を見ていた方がいいや。

櫻井は、おもむろに暖簾をくぐった。


 暖簾の先には、さほど広さは無いが綺麗に手入れされた艶のある木のカウンターに7つほど椅子が並んだ料理屋のような所だった。


 そこのちょうどまんなかで鍋に目線を落としていた影がすっとこちらを向き、


「いらっしゃい、どうぞおかけくだせぇ」


 そう話しかけてきたのは成人男性ほどありそうな大柄二足立ちの、割烹着を着たサバトラの猫だった。


「ファンシーな夢だな」

櫻井はそういうと、猫は、特に気に留める様子もなく、

「外は大変だったでしょ、ささ、おかけくだせぇ」と櫻井に席を勧めた。


 猫に言われるまま櫻井は席に着き、ふと、猫を見ると

ニコッと優しそうな顔で笑い、

「あっしの昼ごはんですが良かったら一緒にどうぞ」

目の前に出された器には、鰹と昆布のダシがしっかり効いていそうな黄金色のつゆがなみなみにはいっており、そこにぷりぷりのうどん、ふっくら艶のある油揚げの上に綺麗に刻まれたネギ、その横に丁寧にほぐした鯖の身、そこに香ばしい炒りごまがふりかけられていた。


 空腹も相まって気づいた時には、櫻井は、うどんを急いで啜っていた。


「美味しいですかい?」

猫は、満足そうに櫻井を見ながら問いかけた。


「本当に美味しい。こんな丁寧に作られたうどんは本当に久しぶりだよ」


櫻井は油揚げを頬張りながらそう言った。


「あっしのお昼のお裾分けがそんなに喜んで貰えるなんて嬉しい限りですよ。あ、まぁ、あっしは化け猫なんでかまいやしませんが、本物の猫にネギは御法度ですぜ。」と猫は言った。


「化け猫なんだ?」

櫻井の問いに丸い金色の目を大きく開き、また、すっと閉じた猫は、「これも何かの縁なんでちょっと長いんですがあっしの昔話をきいてくれますか」

うんと頷きながら、ネギと鯖を口に運ぶ櫻井を横目に猫は話し出した。


「今じゃ、化け猫なんて呼ばれてますがね。当時は小さいどこにでもいる老夫婦に飼われている猫だったんですよ」


「あっしは今でこそこんなんですがね、小さく生まれ何をやっても遅かったんでね。母猫に捨てられちまったんですよ。

 まぁ、猫の社会ではよくある話なんですがね。

それを仲の良い老夫婦が見つけて世話してくれましてね、子供がいなかったんであっしを、大層可愛いがってくれて、あっしは二人が本当の親だと感じたもんでした。それがある日ばぁさまが、流行病でぽっくり逝ってしまいやしてね。」

猫は肉球のマークが入った湯呑みに熱い緑茶を淹れて櫻井に差し出しながら続けた。


「じぃさまは、そこから食が細くなってしまい、日に日に何も食べなくなっちまったんですよ。

 大好きだったじぃさまの日に日に弱っていく姿を見ていられずあっしは外で鳥を狩って、じぃさまの枕元に置いたんですが、

生の鳥を人は食べられる筈もなく間も無くじぃさまもばぁさまの後を追うように息をひきとりやした。


猫は、九生あるとか言うでしょ。あれは、事実でしてね。でも残り八生ある状態の猫で猫ができる事以上の事を願うとね、残りの八生使ってなれるんですよ。化け猫に。

通常猫は自由な生き物なんでね、猫以上の事を望むなんて不自由望まないんですがね。」


「あっしは単純なんでね、人を元気付けられる様な料理を作れる猫になりたいと望んでこの様ですよ。後悔なんてもんは、ちっともしてませんけどね。まぁ、でもバカな話ですよ。もう救いたかったもんは救えないんだからね。」


 猫は自分の昼飯のうどんから立ち上る湯気を見ながら、笑った。


「猫は、尊いな。

人は同じ人同士でも歩み寄れない生き物なのに、猫は種族を超えて歩み寄ったんだな。」


 櫻井が言った言葉に猫は立ち上る湯気を見つめたままさっきより大きく目を見開いて、少し鼻声まじりに言った。


「あっし、後悔は無いし料理も好きなんですけどね。結構長い事化け猫してるとね、意味のない事をしてるんじゃ無いかって、不安に思うことがあるんですよ。戻らないものを探しているみたいなね。不安感が。」


 櫻井は猫をまっすぐ見ながら、

「俺は猫に会えて良かったと思ってるよ。病気で辛い気持ちからこんな美味しい物を食べさせてもらって、俺が充してもらったのは腹だけで無く元気を分けてもらった気がするよ。猫の力は偉大だな!」と言って残りのうどんの汁を啜った。


「あっし、化け猫割烹料理店ギンの店主ギンと申しやす」


「俺は櫻井 正志。今は病人だけど普段はエンジニアをしてるよ」

二人はカウンター越しに今更自己紹介をし、ふふっと笑った。


 するとどこからともなく白いモヤ立ち上り櫻井が慌てて立ち上がると、「もう、時間なんでやんすね」っと、ギンは言った。


「あっしは今日正志に会えて良かった。あっしは人を好きになってよかった。だからこの湯呑みを持って行ってくだせぇ。辛い時にしか会えねぇですけど、この湯呑みにギンと言いながら息を吹きかけてくれさえすればまた繋がりやすから」

「ギン俺の方こそありがとう!ギンみたいに、がむしゃらに生きてみるよ。」

櫻井が言ったのを聞いてニコッと笑ったギンを最後に俺は目の前が真っ白になった。


 すると俺は寝室の前のドアノブに手をかけたまま寝ていた様だった。


 やっぱり夢だった。

だけど良い夢だったなと思いながら立ちあがろうとした時、左手にコツンと何かが当たり目線を落とすと、

さっき夢に見ていたギンがくれた湯呑みと箸袋の裏に

辛い時また、あっしにあいにきてくだせぇ。 ギン

と黒いペンで書かれた箸袋が落ちていた。


 まだ犯人探しのチャット更新音の鳴り止まないスマホの電源を落とし、俺は湯呑みと箸袋を持って部屋を出た。


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