何でも許す伯爵令嬢
「ねえねえセバス、新作の短編を書いてみたんだけど、読んでくれない?」
私の専属執事であるセバスに、原稿用紙の束を差し出す。
「……お嬢様、さてはまた徹夜されたのですね?」
セバスはメガネのフチをクイと上げながら、その奥の切れ長の目で私を見据える。
「うっ……、あ、あはは、つい筆が乗っちゃって」
特に目にクマとかは出来ていないはずだけれど、私が不規則な生活をしていると、何故かすぐセバスにはバレてしまう。
「でも、今回も自信作だから! 絶対面白いから、お願いだから読んでみて!」
私は原稿用紙をグイと前に出しながら、セバスに頭を下げる。
「……仕方ありませんね。拝見します」
セバスは溜め息を一つ吐いてから、丁寧に私から原稿用紙を受け取る。
ふふ、セバスはいつもこうやって、何だかんだ言いつつもちゃんと私の書いた小説を読んでくれる。
まるで神様が作った人形みたいに精巧なセバスの容姿に目を潤わせつつも、私はセバスが小説を読み終わるのを静かに待った。
「……これは面白い」
「ホントに!」
数分後、最後まで読み終えたセバスが、メガネのフチをクイと上げながら、ボソッとそう呟いた。
やった!
「まさか作中に何度も登場した『ニャッポリート』という謎の単語が、ヒロインに対する愛のメッセージの伏線になっていたとは……。感服いたしました」
「でしょでしょー! そのアイデアが閃いた時は、『これはイケるッ!』って小躍りしたもの!」
セバスは決してお世辞は言わないから、セバスが面白いと言ってくれた時は、本当に面白いものが書けたんだという自信に繋がるし、この上ない達成感がある。
「ところでお嬢様、そろそろヒューゴー様とのお茶会のお時間です。支度をなさってください」
「あっ、もうそんな時間か」
今日はこれから、私の婚約者であるヒューゴーの家でお茶会の予定が入っているのだ。
わざわざ定期的にお茶会なんか開かなくても、結婚したら嫌でも毎日顔を合わせることになるのだから、別にいいのに。
まあ、これも貴族令嬢としての務めの一つだから、黙って従うけど。
「や、やぁエイミー、よく来てくれたね」
「ごきげんよう、ヒューゴー」
ヒューゴーの家にやって来た私とセバスは、いつも通りヒューゴーの部屋に通された。
だがそこで私たちを待っていたヒューゴーは、せわしなくその辺をウロウロしていて、明らかに様子がおかしかった。
「ヒューゴー、どうかしたの? 随分顔色が悪いわよ、あなた」
「あ、うん……、実は……、き、君に、謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「私に?」
はて?
何かしら?
見当もつかないけど。
「……先月君が僕の誕生日プレゼントとしてくれた、懐中時計があっただろう? それを、先日乗馬で遠出した時に、どこかで落としてしまったらしくて……。いくら探しても見付からなかったんだ! 本当にゴメン、エイミー!」
ヒューゴーは私に、深く頭を下げた。
まあ、そういうこと。
「うふふ、気にしないでヒューゴー。あんなもの、また買えばいいだけの話だもの。別にあなただってワザと失くしたわけじゃないんだし、そんなに気に病む必要はないわよ」
「そ、そうかい! 嗚呼、ありがとうエイミー! 君は本当に優しいね!」
後ろからセバスの、フゥという溜め息を吐く音が聞こえた。
「あ、ただ……、実はもう一つ、謝らなきゃいけないことがあるんだけど……」
「?」
まだ他にも何かあるの?
「もう、水臭いわね、私とあなたの仲じゃない、ヒューゴー。怒らないから言ってみて」
「そ、そうかい!? じゃ、じゃあ……、オーイ、入ってくれ」
「え?」
ヒューゴーが扉に向かって呼び掛けると、おもむろに扉が開き、一人の女性が部屋に入って来た。
その顔を見て、私は目を見開いた。
「ベラ……!? なんであなたがここに……!?」
それは貴族学園のクラスメイトであり、私の親友でもあるベラだった。
ベラは顔面蒼白で、目元に涙まで浮かべている。
いったい何があったの……!?
「ゴ、ゴメンなさい、エイミー!!」
「っ!?」
ベラはその場で土下座した。
ベラ!?
「ぼ、僕からも謝る! 本当にすまなかった!!」
ヒューゴーもベラの隣に来て、同じく土下座した。
「……お願いだから顔を上げて二人とも。ちゃんと説明してくれなくちゃわからないわ」
「あ、うん……」
恐る恐る顔を上げた二人は互いに目を合わせて無言で頷くと、ヒューゴーが口元を震わせながら私に向き合った。
「……実は、僕はベラのことが好きになってしまったんだ」
「――!」
ヒューゴーの表情には、苦悶の色が滲んでいる。
「私が悪いのエイミーッ!! 最初にヒューゴーを好きになったのは、私なのッ!!」
ベラが大粒の涙を流しながら、ヒューゴーに追随する。
「お互い趣味の乗馬の話で盛り上がっているうちに、段々惹かれてしまって……。あなたの婚約者であるヒューゴーのことを好きになってしまうなんて、許されないことだとはわかっていたはずなのに……。どうしても自分の気持ちに、噓はつけなくて……」
「……ベラ」
ベラは両手で顔を押さえながら、ワンワンと子どもみたいに泣きじゃくった。
「……ベラのお腹の中には、僕の子どももいるんだ」
「――!!」
そんな――!?
ヒューゴーが衝撃の告白をした瞬間、ベラはワーッと更に号泣した。
「……二人とも、それがどれだけマズいことなのか、わかってるの?」
婚約者がいる身でありながら他の異性と関係を持ったうえ、婚姻前に子どもまで作ってしまうなんて……。
貴族として、一生後ろ指を差されて生きていくことになりかねない醜聞だ。
私の後ろに立つセバスからも、静かな怒りが立ち上っているのを感じる。
「もちろん覚悟の上だ! 世間からどれだけ糾弾されようと、僕はベラとお腹の子どもを、必ず幸せにしてみせる! だからこの通り、一生のお願いだッ! 僕とベラのことを、どうか許してはもらえないだろうかッ!?」
「お、お願いしますッ!!」
二人はまたしても、揃って土下座した。
「わかったわ。二人を許します」
「「――!!」」
私の言葉があまりにも意外だったのか、慌てて頭を上げた二人は、大口を開けてポカンとしている。
「お嬢様」
流石に看過できなかったのか、メガネのフチをクイと上げながら、戒めるようにセバスが私の真横に立つ。
「まあまあ、こうなってしまった以上、しょうがないじゃないセバス。今更私たちの関係を修復することはほぼ不可能だし、だったら二人のことを素直に祝福してあげるのが、お互いのために最善だとは思わない?」
「…………お嬢様がそう仰るのでしたら」
「嗚呼、ありがとうッ!! 本当にありがとう、エイミー!!」
「ありがとうううううぅぅぅ……!!」
二人は滝のような涙を流しながら、再度私に頭を下げた。
「じゃあ、そういうことなら、なるべく早く私たちの婚約解消の手続きをしなきゃいけないから、今日のところは私たちはお暇させてもらうわね。行くわよ、セバス」
「はい、お嬢様」
未だ泣き続けている二人を尻目に、私とセバスはヒューゴーの家を後にした。
「お嬢様、大事なご報告がございます」
「?」
その数日後。
セバスが畏まった顔で、私の部屋に入って来た。
はて?
何かしら?
見当もつかないけど。
「何があったの、セバス?」
「……ヒューゴー様とベラ様が、お亡くなりになりました」
「――!」
セバスはメガネのフチをクイと上げながら、目を伏せた。
「……どういうことなの?」
「私も詳しいことまでは存じないのですが、お二人で乗馬で遠出した際、不運にも賊に襲われてしまったようでして。……見るも無残な姿で発見されたとのことでございます」
「――! ……そう」
この瞬間、私は全てを理解した。
おそらくこれは、私のお父様の仕業だわ。
我がオルブライト伯爵家は、代々王家に背く者を秘密裏に処理してきた、暗殺者集団としての裏の顔を持っている。
そのオルブライト家の現当主であるお父様は私を溺愛してらっしゃるから、愛娘を傷物にしたあの二人が許せなかったに違いないわ。
ヒューゴーとベラは、死神の逆鱗に触れてしまったのよ――。
そして実際に二人を処理したのは、多分目の前にいるこのセバス。
何せセバスはオルブライト家が抱える名うての暗殺者の中でも、ナンバーワンの実力を持つ【影の長】。
セバスの手にかかれば、賊の仕業に見せかけて二人を始末することなど、児戯に等しいもの。
「よくわかったわ。報告ご苦労様、セバス」
「滅相もございません」
セバスは折り目正しく、私に頭を下げた。
「あっ、ところでセバス! 私、また新作の短編を書いたんだけど、読んでくれる?」
私はセバスに、原稿用紙の束を差し出す。
「……お嬢様、さてはまた徹夜されたのですね?」
セバスはメガネのフチをクイと上げながら、その奥の切れ長の目で私を見据える。
「うっ……、あ、あはは、どうしても早くセバスに読んでもらいたかったから。……ダメ?」
私はなるべくあざとく作った上目遣いをセバスに向ける。
「……仕方ありませんね。拝見します」
セバスは溜め息を一つ吐いてから、丁寧に私から原稿用紙を受け取る。
ふふ、何だかんだ言って、やっぱりセバスは優しいわよね。
――私は小説を書くのが大好き。
そしてそれを、セバスに読んでもらうのも大好き。
その二つさえあれば、他には何もいらないわ。
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