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第9話 通信網

「ギル様、ブラックウッド領を()()()で繋ぎたいのです」


 朝食後の茶を飲んでいたギルバートは、聞き慣れない言葉に戸惑った。


「通信網とは何だいステラ? 町や村はすでに道で繋がっているだろう。

 小さな村への村道などは、まだ十分に整備されているとは言えないかもしれないが」


 ステラがギルバートの灰色の瞳をテーブルごしに見上げる。

 眼鏡の奥の目元には、かつてのような険はない。


「人や物を運ぶ物理的な道とは違い、情報のみを迅速に伝えるものですわ」


「それは、また、随分突飛というか……俺じゃ理解できなそうだ。話は執務室で他の者と一緒に聞いてもよいだろうか」


「もちろんです。先にギル様にお伝えしたかったので。通信網という言葉も私が考えた造語です」


「何というか……ステラはやっぱりすごいな」


 ギルバートは新しい言葉というか、恐らくこれまでにない概念すら作り出す妻を、誇らしくも末恐ろしく感じた。




「――というわけで、盗賊や魔物といった脅威の発見や、自然災害やその他緊急事態が発生した際、素早く情報が領都や町村に伝わるようにしたいのです。

 馬よりも早くです。

 日々の時計の時間合わせなどにも使えます」


 執務室でステラが部屋にいる面々に説明をする。

 ここ最近で増えた領民の中から、公募のうえ執務補佐の領官を複数人雇った。

 協力してくれていた元の執政官は任期が終わり、王都の家族の元へ戻っている。


「そんなことが可能なら何よりかと存じますが、具体的にはどのように実現するのです?

 馬や使者を潰しながら交換して便りを届ける緊急の早馬というのはありますが、それよりも早いのですか?」


 目付役のアルフレッドが信じられないといった表情で聞いてくる。


「ええ、手紙を運ぶ訳ではないもの。早さなら馬とは比較にならないわ」


 執務室がにわかにざわつく。


「ええとステラ、具体的にはどうやってやるんだ?」


 代表してギルバートが聞いた。周りも固唾を呑む。

 ステラの有能さは、すでにこの部屋にいる誰もが承知していた。

 彼女ができると言うなら、できるのだろう。


「はい。まずは領都や町村を線で繋いだ中継地点に塔を造ります。小さなものでよいです」


「小さな塔? そんなものをどうするんだ?」


 ギルバートは塔という以外な言葉が出てきて混乱している。


「大事なのは隣り合う塔と塔で目線が通っていることです。

 途中にある木などの障害物は伐採するなどして除外する必要があります。

 除外できない場合は、塔の数を増やして迂回しなければなりません」


「それから、それからどうするのです?」


 いつも冷静なアルフレッドが珍しく前のめりになっている。


「はい、最近できた望遠鏡を使います。

 発信源の塔から情報を送り、隣の塔ではそれを望遠鏡で観測します。

 観測した情報をさらに隣の塔へと送ることを繰り返し、最終的に末端まで情報を届けます」


 望遠鏡はここ最近でブラックウッドのガラス職人たちによって開発・高性能化された、より遠くを見るための道具である。

 眼鏡よりもさらに遠くをはっきり見ることができるのだと、ギルバートは聞いていた。


「情報を送るという所がわからない、一体どうやって?

 狼煙(のろし)なら軍でも使っていたが、塔をたくさん建てる理由がわからない。

 ……わかった! 紙に書かれた文字を望遠鏡で読み、それを紙に書いて次の塔に見せるということか!」


 ギルバートが『正解しちゃってごめん』と得意気な顔をする。


「それも良い考えですが、今の望遠鏡の性能ですと、塔同士の距離を相当近くするか、文字をかなり大きくしないといけません。

 今考えているのは旗を使ったものです。

 どのくらいの大きさならどの程度離れても見えるかなど、色々試すのはこれからですが」


 ステラが周りを囲む面々から少し離れ、両手を肩の高さで左右にまっすぐ伸ばす。


「実際には両手に目立つ色の旗を持ちますが、例えばこれを『ア』とします」


 右手を上へ、左手を下へ回す。


「次にこれを『イ』とします」


 両手を上下斜めに動かしながら、時にまっすぐだった肘を垂直に曲げたりする。


「このようにそれぞれの形に音や数字を対応させ、連続して変化させることで、不定形のまとまった情報を伝えられます。

 伝達の最初と最後に腕をぐるぐる回したりするのもいいでしょう。

 内容によっては、横から見られても意味がわからないよう工夫する必要もあります。

 特定の場所にだけ情報を届けたい場合にも対応できなければなりません。

 そのあたりはこれから試しながら詰めていきたいと考えています」


 しんと執務室が静まり返った。


 連続して変化する旗の形で情報を発信する。

 それを隣りの塔へと繰り返し伝えていき、やがては末端まで情報が届く。

 その間に紙や煙などは存在せず、ただ情報のみが伝わっていく。

 『通信網』、各々がこれまでになかった概念を理解しようと必死だった。


「なるほど。船団が航海する際、手旗で連絡を取り合うというところからの着想ですかな。

 それを望遠鏡を使って遠距離から、さらに次々と隣に伝えていくとは。

 ……はたして、うまくいくでしょうか?」


 アルフレッドが思わずといった体で聞く。


「それは分からないわ、新しい試みだもの。

 まずは領都近くでいくつか塔を建てて試してみませんか?

 構想は昔からあったのですが、高性能の望遠鏡が開発できた今ならば、可能だと思うのです。

 観測した内容を一時書きとめる必要がありますが、領民も増え、読み書きができる人材も確保できそうですし」


 ステラが自信ありげに言う。

 ギルバートは思わず苦笑した。どうやら愛しの妻は思ったよりも規格外だ。


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