第8話 領の発展
柔らかな風が幼い緑を揺らす春先。
ステラがギルバートと夫婦となってから二年が経った。
努力はしているが、二人の間に子供はまだできない。
月のものが来るたび、ステラは落ち込んでしまう。
「やっぱり私に何か問題があるのかしら。
できやすい日は旦那様に協力してもらっているし、それ以外でもしょっちゅうなのに」
ウーリーからついてきてくれた侍女のサラがステラを慰める。
「お子はどんなに注意してもできる時はでき、できない時は中々にできないものだと申します。
まだ結婚して二年ではないですか。どうかお心を乱されませんよう」
ステラは一つずつ積み重ねれば確実に達成できるような事柄は得意だが、そうでない場合には普通の女性と同じように悩んでしまう。
そんなステラと裏腹に、ギルバートはまったく気にしていないようだった。
ステラのことを気にかけてそういった振る舞いをしているわけでなく、楽観しているでもなく、恐らく心底気にしていない。
ため息をつくステラに「子供ができなくても構わない」とはさすがに言わないが。
以前、ギルバートがこう言っていたことがある。
『もちろん子供ができれば嬉しいけど、俺はステラがいてくれれば、それで十分幸せだよ。
貴族の女性が男子を生むことを義務のようにされるのは、何百年続く家の歴史があるからだろう。
それを自分たちの代で絶やすわけにいかないと考えるのは、まあ俺にも分かる。
でも俺たちのブラックウッドは歴史もクソもないじゃないか。
王の気まぐれで興った家が一代でなくなったとして、なんのことはない。むしろ意趣返しでいい気味だ。
どちらかの実家から養子をもらって継がせてもいい。
ステラが今のうちから悩むことはないと思うよ』
いつも「そうなのか!」とか言っているギルバートにしては珍しく長い台詞だったが、本心なのだろうとステラは思う。
言っていることは男性らしく淡泊だけれど間違ってもいない。
それでも、とても大事な点が抜けている。
ステラはギルバートに父親として、彼の血を分けた子供を抱いてもらいたいのだった。
息子であれば剣の稽古をつけたり、娘であれば甘えられてデレデレしたり。
それがたとえ、自分が腹を痛めて生んだ子でなくても。
いつからか、そう考えるようになっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ブラックウッドは、アッシュバーンとウーリーの元領境を切り取って併合した寂れた土地である。
二領都の中間であれば、流通の要所としてもっと発展していたかもしれないが、残念なことに地理的な中間地点は南のウーリー領内にあり、それなりに栄えている。
昨年、ウーリーからきてもらった職人たちの生活が落ち着き、それぞれの生産が軌道に乗ってきたタイミングでステラは提案した。
領民をもっと増やしましょうと。
小規模に試した結果、新しい肥料がブラックウッドの土地にも問題なく効くことがわかった。
増えた領民の手を借りて畑を広げれば、少なくとも飢えさせることはない。
酒やガラス製品の生産量が増えれば、この領は豊かになるだろう。
豊かになれば、さらに人がやってくる。
その循環の最初の呼び水として、まずは領民を増やしたいのだ。
当初、手っ取り早く奴隷を大量に買い入れる案もあがったが、治安が悪くなるだろうと却下になった。
この国で許可されている奴隷は戦争奴隷と犯罪奴隷の二種類のみで、現状の管理や警備の体制では問題が起きる可能性が高い。
将来的には再度検討してもよいだろう。
ステラとギルバートはそれぞれ実家の了承を得て、ウーリーとアッシュバーンで孤児や職にあぶれている者、機会を探して燻っている者を勧誘し、その家族まるごとブラックウッドに移住してもらった。
自領民に対し、他領へ移住の推奨など普通はするものではないが、自分たちのやらかしを後ろめたく思っている二伯は渋々と受け入れてくれた。
季節ごとに移動する巡回商人たちにも小金を渡し、移動中に定住先を探している旅人や、口減らしなどで場所を追われた棄民などを見つけたら、ブラックウッドで受け入れる準備があることを伝えてもらった。
ブラックウッドまで辿り着く路銀がないようなら支援するようにも依頼してある。
かかった費用は商人が次にブラックウッドに来たタイミングで色をつけて戻される。
住む場所を用意し当面の生活を支えること、将来的になるべく能力と希望に沿う職業の斡旋をすることを移住者たちへの条件とした。
聞いたこともないような破格である。
増え続ける移住希望者たちの報告を受け、ステラとギルバートはニヤリとした。
移住者たちを迎え、増えた人手で開拓村を拓き、人海戦術で森や荒れ地を切り拓いて農業や畜産の用地を広げていく。
そうして得られた木や石を使い、開拓村にどんどんと家を建てていった。
町や村の代表者たちにも予め話を通してある。
これまで長くこの地に住んできた者たちにとって、外からやってきた新参者たちばかりが食事の支援を受けたり、新しい家に住んだりすることは面白くないだろう。
ステラは、今は領の力をつけるため領民を増やし、その食を賄うために森を開拓して土地を広げたいのだと丁寧に何度も伝えた。
その上で、将来的にはこの地に長く住んでいる者ほど税率などを優遇する計画があることを告げ、最後には納得してもらえた。
商売については、これまでアッシュバーンとウーリーを行き来していた商人たちに話を通し、今後はその間にあるブラックウッドにも寄って商いをしてもらうよう依頼した。
まずは領都や街道沿いの町のみ。
最初は渋っていた商人たちだったが、蒸留酒や眼鏡、ガラス製品を見せるとくるりと手のひらを返し快諾してくれた。
ブラックウッドの領境は北のアッシュバーンと南のウーリーのみのため、領境警備は最低限でよい。
それでも領内で賊や魔物が出た場合には対処しなければならない。
そんなギルバートの意向で新たに領兵団も立ち上げた。
構成員のほとんどは腕っぷしに自信がある農家の次男以下で、鍬を振るった経験は豊富だが剣や槍はない。
また、ギルバートは怪我や年齢、上官の理不尽で退役した国軍時代の仲間たちにも手紙を出し、望む者を領兵団の士官や訓練官として雇い入れた。
二年前、できたばかりの頃のブラックウッドの領民は二千人ほど。
現在は三千人まで増えた。
二年で千という数字はおかしくないが、元の1.5倍というのは異常であった。
色々と同時に進めて資金面は大丈夫なのか、というと少なくとも当面は大丈夫なのだ。
ウーリーとアッシュバーンからの支援金の他、国の施策で新しく拓かれた領では初めの五年、国から超低利子で資金が借りられる。
いずれ返さなくていけないが、まずは懐具合を気にせず自領の発展に集中できるのだった。