第5話 革新
ウーリーから呼び寄せた職人たちが仮設住居での生活に慣れると、ブラックウッドの革新が始まった。
なお、領都では新しい家々を大急ぎで建築中であり、出来上がったものから職人たちに住んでもらう予定である。
肥料づくりについては、これまで使っていた堆肥と併用し、家畜や狩った獣の骨を茹でて潰した骨粉と、豆や種から油を搾った後の残りである油かすを新たに導入した。
ウーリーではすでに結果を出していたが、ブラックウッドの土にも合うかわからないため、まずはいくつかの離れた村で小規模に試してもらっている。
協力の報酬を前払いし、収穫量が例年に届かない場合はその差分を補償することを伝えると、声をかけたどの村も非常に食いつきがよかった。
「そんなにすごい肥料があるのなら、今使っている堆肥は止めてしまっては駄目なのか?
時間をかけて作るのも手間だろう? それに臭いし」
ステラから説明を受けたギルバートは思いついた疑問を口にした。
子供のころ、友達と興味本位で肥溜めの近くにいった時の酷い臭いを思い出し、顔をしかめる。
「堆肥は堆肥でとても優秀なものですので、使うのを止めてしまうのはもったいないですよ。
土が柔らかくなるので、水持ちが良くなり根も張りやすくなります。
それに効果が穏やかに持続するという利点もあります」
「そ、そうなのか」
その後も続くステラの熱のこもった説明を聞きながら、ギルバートはもしかしたら自分の妻は貴族女性の中で一番堆肥に詳しいのではと思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
酒造りについては、ウーリーから持ち込んだ最新式の蒸留器を使用した。
蒸気を効率的に捕まえ、蒸留の回数も増やしてこれまでにない強い酒精の酒を目指す。
また、原料を乾燥させる際の植物を厳選し、香り付けにもこだわった。
乾燥に使用する炭や、貯蔵する樽の材料についても香りや風味が大きく変わってくるため、色々な材料で試し蔵で寝かせている。
「ゴッホ、ガッハッ、喉が熱い!」
試飲してむせるギルバートの背中をステラがさする。
「ギル様、この酒はこれまでのものより、かなり酒精が強いのです。
水や果汁で薄めることで従来の酒のようにも飲めますし、そのまま少量ずつ飲めば、より強い酒精や香りを楽しめます」
「そうなのか。よし、もう一度飲んでみよう」
ギルバートが今度は少量を口に含む。
しばらく口の中で転がすようにして味や香りを確かめた後、ごくりと飲み込んだ。
「なるほど……こう飲むとありだな。むしろ俺の好みど真ん中だ」
「それはなによりです。
私にはそのままでは強すぎるのですが、ウーリーでもお酒好きの男性には好評をいただいておりました」
ステラは嬉しそうに、グラスに入った琥珀をちびりと啜った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ガラス製造・レンズ加工については、最新式の炉がまだ建造中である。
ガラスを消色するため、従来は草木の灰を使っていたが、それでは無色透明にはならない。
灰の代わりに鉛を使用することで、より透明で色のないガラスができることはすでにウーリーで実証済みであった。
職人たちは新しい炉の完成を待ちきれず、今か今かとやきもきしている。
「灰の代わりに黄色の鉛を使用することで、ガラスの濁りを抜くことにはウーリーですでに成功しております。
これは秘伝ですが、珪砂の不純物を除去するため――」
新設された工房の中を案内しながら、ステラは親に褒められたい子供のような顔をする。
「そ、そうなのか。それって勲章を賜るような発見だと思うのだが、とにかくそうなのか!」
ギルバートはとてもすごいらしいことはなんとなくわかったが、細かいところは自分には理解できないだろうと割りきった。
見せてもらったウーリーから持ってきたという見本のガラス板は、これまで見たことがない水準で色がなく透き通っていた。
「私は特に視認性が上がったレンズについて、世の中さえ大きく動かすものだと思っております。
上手く加工できれば、これまで見えなかった遠くの世界や、近くの小さな世界にも手が届くかもしれません」
ステラが目をキラキラとさせる。
「そ、そうなのか。それって歴史書に載るようなことだと思うけれど、とにかくそうなのか」
ギルバートは誰より賢い妻を誇らしく思ったが、それ以上は深く考えないようにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ステラ様、見せていただいた新しい技術の数々について、私の立場としては陛下に報告せざるをえないのですが……」
執務室で目付役のアルフレッドが申し訳なさそうに眉を下げる。
ステラは事前に伝えてくれるだけ誠実だと思った。
「構いませんよ。試供の品も国に献上します。
旦那様やお父様からお許しも得ています。
肥料については、ウーリーの頃から数えて10年ほど経過を見てから国に報告する予定でしたが、その手間が省けます。
他のものについても、まだ少量がウーリーで広まり始めたばかりですので、良い宣伝になるかもしれません。
まだ色々と手探りですので、その手間や費用がかかっていることも伝えていただけると助かります」
「重々承りました。
引退しかけの身で、このような発展を間近で見られるとは望外の喜びでありますな。
……それにしても、新しい技術を使った商品が今後広まっていけば、ご生家のウーリー家と競合することになってしまうのでは?」
「その点は心配いりません。
定期的に技術連携しながら、商売については健全に競いあうということで、ウーリーとは話がついています」
「いやはや、さすがにございます」
アルフレッドはまるで女王へとするように、恭しくステラに跪いた。