第4話 ウーリーの職人たち
風が冷たくなり、落葉で地面が色づく秋の終わり。
ブラックウッド領に来てから半年ほど経ち、日々の暮らしにもだいぶ慣れたステラは領地の調査を進めていた。
気候や地形、地質に水質、過去に発生した自然災害。
町や村の立地や人口、産業や住民の暮らしぶり。
農作物の種類や作付面積、収穫量。
家畜の種類や頭数、皮や毛、骨で作る加工品。
生息する動物や魔物の種類。
森の樹木や鉱山など資源の種類や産出量。
町や村を結ぶ道の舗装状況や、他領との交易など。
既存の資料を読み、町の元執政官やこの地に長く住んでいる者たちに話を聞き、人を使って調べ、時には自分で馬に乗り現地へ行って見て聞いた。
領主夫人として領主邸の差配を行いながら、調査結果をまとめ、資料に書き込みながら頭に叩き込んでいった。
資料には詳細が分かりやすいよう所見を添え、執務室の書棚に次々と並べていった。
ギルバートはそんなステラに初めは驚いていたが、諌めるようなことはなく、ステラが視察に行く際には護衛を押しのけ一緒についてきたりした。
もともとウーリー領だったところは把握していたが、調査をした結果、アッシュバーン側も同じようなものだった。
地続きで距離も離れていないのでそれはそうだろうと、ステラは新たにまとめた書類を綴じた。
ウーリーとアッシュバーンの領境をそれぞれ切り取り、新たにブラックウッドと名付けられたこの領地。
民は細々と小麦や野菜を育て、街道沿いには宿場町がまばらに点在するばかり。
街道から離れた場所はろくに拓かれておらず、深い森に覆われている。
目ぼしい産業や資源も特にはなし。
言うなれば、まさにど田舎であった。
末子で軍人だったギルバートは領地経営のことなど何も知らなかったが、残ってもらった元執政官や、国から派遣された目付役にフォローされながら、なんとかやっている。
田舎ゆえに領民は総じて朴訥であり、自然災害など大きな問題が起こらなかったのも幸いだった。
ステラはギルバートに上手く甘え、執務室の彼の机の隣に、自分の机を置かせることに成功していた。
「ウーリーの叡智の一端に触れられるとは役得ですな」
アルフレッドが柔らかい声で言う。
彼は国から派遣された目付役だ。
五十歳を超えたくらいだろうか、整えられた白髪の多く混じった髪と、人好きする下がった目尻が特徴である。
詳細はごまかされたが、元は王城勤めの文官でかなり上の立場だったらしい。
本来はブラックウッドの内情を国王に報告する監視の役目であるが、一歩引いている感じはなく、新領立ち上げの一員として親身になってくれていた。
元執政官と共に、ギルバートの補佐兼指南役のような感じでやってくれている。
ステラとギルバートは、アルフレッドのふるまいが丸々の演技ならもうしようがないと腹を決め、彼を内側に入れて信頼するようになっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ギル様、お願いがあるのです」
執務室でステラがギルバートに顔を寄せる。
他に人がいなかったので、ギルバートの隣で一緒に報告書を読んでいたのが一区切りついたのだ。
「なんだい、ステラ?」
ギルバートが凝った体を伸ばしながらステラのうなじに顔を埋め、ステラはくすぐったがる。
「春が来たら、ウーリーで懇意にしていた職人たちをここに呼びたいのです」
「職人か、なんの職人なんだ?」
「はい。それぞれ肥料づくり、酒造り、ガラス製造やレンズの加工職人です」
「それはまた……ずいぶんと手広いんだな」
ギルバートは『なんだか散らばった内容だな』と思ったが、頑張って表情に出さないようにした。
「ウーリーを盛り上げようと二人三脚でやっていたのですが、状況がこうなりましたので。
お父様や領主代行の叔父様、職人たちにはブラックウッド領へ来る前に打診し、了承は得ております」
ギルバートは体を屈め、ステラと目の高さを合わせる。
「ステラ、俺は今はこうして不相応に立派な椅子に座っているが、元は剣を振るしか能がない軍人だ。
成り行きとしてこうなっただけで、本来は君の方がよほどこの椅子に座るべきだということは良くわかっている。
君の好きにやってくれてかまわないよ。
アルフレッドたちにも相談はしてほしいが」
「ギル様、ありがとうございます。では周りに相談しながら進めてまいります。
上手くいけば、この領を豊かにできるかもしれません」
ステラは謙遜しながらも、自信ありげにニヤリとした。
冬が終わって春が訪れると、すぐに南のウーリーからブラックウッドへ職人たちが移り住んできた。
それぞれ家族ごと、全員で五十人弱。
ウーリーでの仕事は、同僚や弟子たちに任せてきたのだという。
とりあえず彼らには、冬の間に領都に建ててもらった仮設の住居に住んでもらうことにした。
「これからどうぞよろしくお願いいたします。我ら全員、ステラ様へと変わらぬ忠誠をご領主様へ!」
熱のこもった挨拶をする職人たちの代表。
その眼はまるで邪教の狂信者のようにキマっている。
ギルバートは「お、おう……よろしく頼む」と若干引きながら応えたのだった。