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第14話 盗賊団

 ギルバートの父であるアッシュバーン伯から早馬で手紙が届いた。


 アッシュバーン領の北から、盗賊団が領境の警備をくぐり抜けて入り込んでおり、北側の村々が被害にあっているとのこと。

 領兵団を送って討伐しようとしたが、嘲笑うように次の襲撃は領兵団の向かった先とは離れた場所で起こる。

 被害はジグザグだが確実に南下してきており、遠くないうちにアッシュバーン領を縦断してブラックウッド領に達するかもしれないので注意するようにとのこと。

 アッシュバーンと北で領を接しているノースハースト辺境領へは何度も問い合わせたが、返答はなし。

 最悪の場合、北のバイラル帝国と通じており、辺境領が帝国側に寝返った状態で休戦が一方的に破られる可能性もあること。


 難しい顔をするギルバートにステラが声をかける。


「ギル様、アッシュバーンのお義父様へお願いしたいことがあります」


「ステラ、父上は今とても大変そうだけど」


「アッシュバーンの領内に小さな塔か、土や石で築山(つきやま)を建てたいのです。できるだけたくさんです。

 人手や資材はこちらから送るので、その許可が欲しいのです」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



かしら、準備が整いました」


「ああ、今行く」


 アッシュバーン領のとある農村の村長宅で、盗賊団の頭目リーダーであるクライブは頷いた。

 この家の住人である村長家族や村人たちは、全員がすでに殺されるか逃げている。

 村の広場には逃げ遅れた村人たちの死体が積まれていた。


 クライブはバイラル帝国の特殊工作部隊の精鋭であった。

 今回の任務を受けるにあたり部隊を除籍され、国籍も抹消されている。

 その代わり、彼の親家族には一生、生活に困らない額の金子が前払いで渡されていた。

 無事、任務が成功すれば、国籍の復活とさらなる報酬が約束されている。

 クライブは家庭を持つようなタイプではないが、任務成功のあかつきには高い女を引っ掛け、高級保養地などで数年は半隠居しようと思っている。


 今回の任務は帝国が休戦中のアルゴ王国へ電撃的に攻め入るための撹乱である。

 話がついている辺境領を素通りし、盗賊に扮してアッシュバーン領の村々を襲っていく。

 盗賊団の構成員は、ほとんどが帝国の犯罪奴隷たちである。

 彼らには事情は何も伝えておらず、クライブが金を払って身請けし、今回の盗賊の真似事がうまくいけば奴隷から解放すると伝えてある。

 背中を預けられるような関係ではないが、使い捨ての駒としては悪くないだろう。


 ここ数年で領地の改変があったそうで、多少アッシュバーン領の南の領境が変わったそうだが、大した影響はないだろう。

 アッシュバーンの領兵団と出くわさないよう最大限に注意しながら、慎重に東へ西へ、時には少し北に戻りながら村々を南に蹂躙していく。

 今回の作戦の肝要ポイントは、いかに領兵団を避けられるか、というところにある。

 奴隷とは別に魔法で遠目が利く斥候を雇い、手持ちで最高の馬に乗せた。

 団員たちには最新式のクロスボウも支給してあるので、もし領兵団が複数の隊に分けられ、そのうちの少数と突発的に遭遇してもそうそう一方的に負けることはないだろう。

 戻ってきた斥候から領兵団の姿が見えない旨の報告を受け、次の目的地である少し南西に下った村へ移動を開始した。




 次の日の昼下がりに到着した村には人気ひとけがなく、井戸は土や石で潰されていた。

 家々や畑も壊され、家畜の一匹すら残っていない。

 クライブの脳裏で大きく警鐘が鳴る。


 次の瞬間、離れた場所から一斉に矢を射掛けられた。

 まるで態勢が整っていないところに奇襲を受けては堪らない。

 相手はアッシュバーンの領兵団だろう。

 クライブはすぐに撤退の命令を出し、自身も馬に飛び乗って首を巡らせた。

 逃げる途中で団を三方に分け、撤退の際に暗号で伝えた以前に略奪した村に集結した際には、団員は八割ほどになっていた。

 被害の報告を聞きながらクライブは考える。

 初めて領兵団にまともに捉えられた。

 たまたまだろうか。それとも。


 それからは行く先々で、ことごとく待ち伏せをされた。

 盗賊団を二手に分けて別々の村を狙ったり、進路を途中で唐突に変更しても変わらず待ち受けられた。

 気付くと団員の数は当初の三割ほどまでに減っていた。

 略奪も上手くいかず、団員たちは飢えて乾き、苛立ちを募らせている。

 クライブにも反抗的な態度をとることが多くなってきた。


 この辺が引き時だとクライブは判断した。

 どのような方法を使っているかは分からないが、間違いなく相手はこちらの動きを正確に、それもかなり即時的に捉えている。

 盗賊に扮していた工作部隊の一員を先に帝国に戻し、予め決められていた辺境領内の場所へ向かう。

 そこまで辿り着けば、クライブの任務は完了である。

 元犯罪奴隷である団員たちは口封じに消されるだろうが、そんなことは知ったことではなかった。


 クライブはこれまでに略奪した村を辿り、時に進路を外して野営しながら辺境領を目指した。

 しかしアッシュバーンの領兵団は相変わらず向かう先に現れては盗賊団の戦力を削っていく。

 這々(ほうほう)(てい)で逃げた先でついには取り囲まれ、一網打尽で捕縛された。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「お義父様、アッシュバーン領を荒らしていた盗賊団は掃討し、頭目も捕らえたとのことです」


 ブラックウッドとの領境に近いアッシュバーンの街道沿いで、小塔を下りてきた連絡員から報告を聞いたステラがアッシュバーン伯に告げる。


「まさか、これほどとは……」


 アッシュバーン伯がまだ信じられないといった表情で、急いで建てた塔を見ている。


「領兵団の半数を残党が残っていた場合に備えて残し、残りは捕らえた盗賊たちを連れてアッシュバーン領都の警備所に向かうとのことです。

 よろしいですか?」


「あ、ああ。それでいい」


 ステラの問いにアッシュバーン伯はかすれた声で答えた。

 ステラが待っていた連絡員と短くやり取りし、連絡員はまた塔を上っていく。


「私もアッシュバーンの領都までお義父様とご一緒し、領都を見学した後、ギルバート様と共にブラックウッドへ帰りたいと思います」


 ステラが機嫌良さげに言う。

 ギルバートはブラックウッドの領兵団を率い、盗賊団討伐の援軍に出向いているのだった。

 なお、ウーリーにも協力を依頼して兵と馬、それと字が読める臨時の連絡要員を貸してもらっている。


 アッシュバーン伯は塔の上で連絡員が両手に旗を持ち、上下左右に一定の間隔で振っている様子を見ていた。

 塔の上にいるもう一人の連絡員が細い筒のようなものを目にあてながら、なにやら旗をもった連絡員に指示をしている。

 その様子をアッシュバーン伯は呆けたようにただ見ていた。


 情報を遠くへ素早く伝える。

 それはとんでもないことだった。

 今回の盗賊団討伐の成果はもちろん、戦争になったらその結果にも直結するだろう。

 それ以外の用途でも生活のありかたを根底から変えるかもしれない。


 今回、望遠鏡で盗賊団の動向を遠距離から一方的に捉え、その情報を塔や築山を経由して領兵団に迅速に共有した。

 その効果は劇的だった。


 最初に義娘(ステラ)から望遠鏡と手旗を使った遠距離通信の話を聞いた時は、まさかこれほどのものだとは思わなかった。

 塔から塔、もしくは築山へ、手旗の信号を望遠鏡で捉えて次の塔へと伝えていく。

 単純と言えばそうだが、望遠鏡がまだ普及していないこのタイミングで、この仕組みを考えつくのは非凡としか言えないだろう。


『まだ改良の余地は多くあるのです。

 横から見られれば内容が分かってしまいますし、人が旗で伝えずとも、もっと分かりやすくする方法があるはずです』


 ステラはそうも言っていた。

 驚くべきことに、この仕組みをさらに発展させる発想がすでにあるらしい。

 横にいたギルバートは、全て分かったような顔をして頷いていた。

 あれは多分なにも分かっていない。




「ギル様! 流石でございました!」


「ステラ! 来たのか!」


 アッシュバーンの領都に着いたステラは馬車から降りると、ギルバートに抱きついた。

 傍から見ると警備兵が駆けつけてきそうな身長差だが、アッシュバーン伯をはじめ周りからは温い目で見られている。


 捕らえられた盗賊たちが縄をうたれ膝をついている。

 国に報告したところ、辺境伯領の裏切りが考えられるため、取り調べのため王都まで運んでほしいとのことだった。

 王都までの道中、帝国や辺境領の手の者が捕らえた盗賊たちを口封じに殺そうとすることも考えられる。

 道中、アッシュバーンの領兵団と一緒に、ギルバートが率いるブラックウッドの領兵団も同行することになった。

 ステラはブラックウッド領までギルバートたちと同行し、そこで王都まで行くギルバートたちと別れる予定となった。




「動くとこの娘が死ぬぞ」


 剣呑な声にステラたちが振り返ると、盗賊団の頭目の男がどうやったのか後ろ手の縄を解き、少女を後ろから拘束していた。

 その手にはクロスボウが握られている。

 少女はこの領都の執政官の娘で、水を飲ませたりと捕らえた盗賊たちの最低限の世話をするため、この所牢を訪れていたのだった。


 クライブは迷っていた。

 このように捕まってしまえば、もう帝国へ帰ることはできないだろう。

 たとえ帰ったところで二重の間諜スパイを疑われ、最後には処分されることになる。

 王国が行う拷問ついては内容を知っているが、とても体験したいものではない。

 歯の奥には毒の詰め物を仕込んである。

 このような時のためのものだ。

 もう十分、好き勝手に生きてきたという実感はある。

 幸い子供の頃からクライブには力があり、運にも恵まれ多くの時間を奪う側として生きてきた。

 今回の任務ではその幸運の女神にはそっぽを向かれたわけだが。

 そろそろ年貢の収め時というやつなのかもしれない。


 だが、それでも。

 クライブは人質にとった少女を片腕で拘束しながら、兵士にしては珍しく眼鏡をかけたひときわ巨漢の兵士――ギルバートにクロスボウを向けた。


 この男だ。こいつさえいなければ。

 クライブの組織した盗賊団は何度もギルバートの切り込みによって崩され、反撃も壁になって阻まれた。


 せめてこいつをあの世へ連れて行く。

 クライブには帝国への忠誠などなかったが、それでも仕事への矜持はあった。

 昨晩、手ずから水を飲ませてくれた少女の背を突き飛ばし、クロスボウを掲げ、ギルバートを狙って指を絞る。


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