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第13話 ステラ

 ステラはドレスや装飾品に関心がない子供だった。

 ドレスを新調する際にもデザインや装飾は服飾士(デザイナー)にお任せで、意見を求められると小物が入る実用的な隠しポケットを注文したりした。

 貴族の令嬢として身だしなみが整っていないということではなく、よほど突飛なものでない限り拘りがなかったので、侍女や周りに勧められたものをそのまま選んでいた。

 彼女の興味はおしゃれや素敵な男の子ではなく、自国で発見・発明されたり、外から入ってくる新しい知識や技術に向いていた。


 春の社交シーズンは王都、それ以外は自領のウーリーを行ったり来たりしたが、自領にいる間は夜に星を見るのが好きだった。

 空気が澄んでいるからだそうだが、王都にいる時よりもはっきり綺麗に見えるのだ。

 星が決まった軌道を定期的に巡っていることが証明されてから久しい。

 特に明るい星やそれを含む星座には、神話の神々や伝説上の生き物の名前などがつけられていた。

 夕食後、ステラはよく家族や侍女に連れ添ってもらい、邸の屋上で星座盤と星空を何度も見比べた。




 12歳になるとステラは取引のある近領の伯爵家の長男と顔合わせをし、その後すぐに婚約が調(ととの)った。

 相手はステラの2歳年上。見た目はよいが終始ヘラヘラとしており、話すと自慢話ばかりで特にステラの興味を引くことはなかった。

 それでもよいとステラは思っていた。

 極端な善性や悪性に振れておらず、最低限の誠実さがあるのならば、それでよい。

 後は時間をかけ、お互いに理解と情を深めていけばよいのだと、そう思っていた。


 15歳で成人しウーリーの学園を卒業すると、結婚するまでという条件でウーリーの領地経営の手伝いをさせてもらった。

 女性がまつりごとに携わるのはかなり珍しいことだったが、父のウーリー伯と領主代行の叔父はステラのやりたいようにやらせてくれた。

 結婚式はステラが17歳になってから執り行われる予定だった。

 婚約者とは月に二回、定期的に顔を合わせている。

 相変わらずヘラヘラと軽薄だが、最近は二人の間に気安さも生まれ、よい傾向だとステラは思っていた。


 そんなある日、婚約者がステラを訪ねてきた。

 パーティーの迎えや定期的な顔合わせ以外で、彼が訪ねてくるのは初めてのことだった。

 迎えるといつもと変わらずヘラヘラとした態度だったが、どこかこちらを伺うような目をしていると感じた。


「――という訳で別に子ができた。

 想定外だったが、これも貴族の甲斐性というやつだろう。

 相手の娼婦は妾として別に家を借りて住まわせようと思う。

 生まれてくる子は庶子として、生活の援助はするが家督の継承権は認めないという条件で問題ないと思うのだがどうだろう」


 ステラは目の前が真っ暗になった気がした。

 貴族の甲斐性? 何だそれは。

 一体どこが問題ないのだろうか。


 ステラの緑の瞳に赤色が刺してくる。

 魔法で加速した思考の中で答えを求める。


 娼館の女性たちは避妊や堕胎といったことに長けている。

 それでも子供を孕み産み育てるということは、そういった話がついているということだ。

 何度も通い、将来を約束したということだ。

 ステラは自分がそういったことには拘らない性格だと思っていたが、強い嫌悪感を感じた。


 この嫌悪感はどこから来るのか、ステラは考えを巡らせる。

 娼館で遊ぶこと自体は、のめり込みすぎなければ問題ない。

 もちろんよい気分ではないが、男性は定期的に発散しないとつらいと聞いた。

 結婚前に妾を囲うのも褒められる話ではないが、法にふれているわけではない。

 子ができたのも、貴族嫡男の妾の座を狙った女に嵌められたのかもしれない。そうであれば彼も被害者と言えるだろう。

 では自分は一体なにがそんなに嫌なのか。


 ヘラヘラと、誠意なく、『子ができたのだが問題ないだろう』。

 ――ああ、分かった。この人とは信頼を築き上げられないのだ。


 ステラは隣に座り、一緒に話を聞いていた領主代行の叔父を見た。

 叔父は人殺しのような目をして婚約者を睨んでいたが、ステラの視線に気づくと、ゴホンと一つ咳をして「ステラの好きにしなさい」と言った。

 領主であるウーリー伯の許可を得ず、そのように言うのは越権行為であるが、ウーリー伯が隣にいたとしても同じことを言うだろう。


 目論見と違う反応をされ、半笑いのまま落ち着きなく視線をさまよわせる婚約者の目を、ステラが真っ直ぐに見据える。


「その女性と、生まれてくるお子を大切になさって下さい。

 私は身を引かせていただきます。

 婚約解消の書類は後日お送りいたします。

 結婚の準備に際し、すでにかかっている諸経費はそちらの瑕疵(かし)として受けていただきたいと思うのですが、問題ないでしょうか?」


 婚約者は酷く動揺したようで、ついに半笑いが消え、慌てて縋ってくる。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。

 外で子供ができたくらいでなにも婚約を解消することはないだろう。

 このくらい貴族ならよくある話だ。

 むしろ、結婚前に正直に言ったことを感謝されると思っていた!」


「であればそれを容認できる方を娶って下さい。

 私が求める最低限の誠実さは、結婚前に別の女性と子を成すことを許しません」


 もしヘラヘラと半笑いでなく真摯な態度で報告し、謝罪のうえで受け入れてほしいと懇願されれば答えは違ったかもしれない。

 しかし、ステラの心はすでに決まってしまった。

 全てを説明する気もない。


 ステラと叔父が席を立ち、婚約者は絶望の表情でその場に残される。

 後日、婚約者側の一方的な有責による婚約の破棄がなった。




 それからステラは領地経営にのめり込んだ。

 うだつが上がらず食い詰めた者たちに声をかけ、肥料や酒、ガラス造りなどで新しい技術を次々と発展させていった。

 父や母がいくつも新しい縁談の話を持ってきたが、男性はもう信じられなかった。

 もう結婚はせず、生涯ウーリー領のために尽くせればそれでよかった。


 もうすぐ20歳になるころ、社交シーズンでも領都に残ったステラに、王都の父から手紙が届いた。


 曰く、王家主催の夜会でアッシュバーンの領主と(いさか)いを起こし、あろうことか王族席のテーブルを引っ繰りかえしたとのこと。

 そこまで読んで、ステラはしばらく窓の外を眺めた。

 父の字で手紙がきたということは、少なくとも父の首はまだつながっていて、その手も自由なのだろう。

 気を取り直したステラは手紙の続きを読む。


 曰く、罰としてウーリー領とアッシュバーン領の土地が一部接収され、その土地を併合したブラックウッド領が新興されたこと。

 ステラはまたしばらく外を眺める。

 青い空に白い雲が流れていた。小鳥も元気に飛んでいる。


 曰く、ブラックウッド領の初代領主として、アッシュバーン家の末子であるギルバートが決まったこと。

 そしてウーリー家の末子であるステラがその妻に()()()こと。

 手紙の中でウーリー伯は何度も謝っていた。

 窓を開けて外の風を感じながら、ステラはついに目を剥いた。




 ブラックウッドの領都邸で馬車を降り、初めてギルバートに会った時、目つきは険しいと感じたが、ステラは悪い気はしなかった。

 その大きさに気圧されたが、不思議と昔から馴染みのある相手であるような安心感を覚えた。

 初夜は積極的すぎた感があり、思い返すたびに反省している。


 ステラが思うに、ギルバートは十分に誠実である。

 領主としても夫としても。

 何年か一緒に過ごし、世に言われる女の幸せというものが少し分かった気がする。

 あとは早く子供ができてくれれば良いのだが。




 ギルバートの太い腕を枕にして、ステラは久しぶりに夢を見た。

 子供のころから数ヶ月に一度の頻度で満ちた魔力が暴走し、強制的に夢を見る。


 見上げるような高さのガラス張りの建物、馬車よりも速く走る鉄の車、人を乗せて空を飛ぶ巨大な鳥。

 人々は手に持った板状の操作盤で離れた場所から文や声を送り、情報は空を巡り海の底を渡って数瞬で遠くの相手まで届く。

 場面が切り替わり、頭の上から足の下まで星がよく見える部屋で、宙空に浮かぶ記号や曲線に囲まれた。

 遠い未来のことなのか別の世界なのか、それとも自身の妄想なのか、ステラには判別できない。


 微睡(まどろ)みの中、目を覚ましたステラはギルバートの胸元にくっついて匂いを嗅ぐ。少し汗の匂いがするが嫌ではない。

 ひどく空腹感を感じた。朝食はパンをおかわりしよう。

 まだ日が昇らない早い時間。

 ギルバートはぐぅぐぅと低い寝息を立てている。月光でうっすら見えるその体には大小いくつもの傷跡が走っていて、片耳は欠けている。

 ステラが安心して目を閉じる。

 今度は夢を見なかった。


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